スクリーニング(LOPAC)

ターゲットバリデーションにおける低分子ツール化合物の活用

橋爪良信(国立研究開発法人 理化学研究所 創薬・医療技術基盤プログラム)

エピジェネティクス(epigenetics)とは、DNAの塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御に関与する後成的な修飾と定義づけられる。この機構には、DNAメチル化にかかわる酵素、メチル化DNA結合蛋白質、ヒストン蛋白質の修飾酵素など蛋白質成分だけでなく、non-coding RNAなどRNAも含めた種々の分子が関与し、DNAのメチル化、ヒストンのメチル化・アセチル化・リン酸化・ユビキチン化などを引き起こす。エピジェネティックな機構が破綻すると、発生・分化異常、インプリンティング異常、老化、癌、生活習慣病、免疫疾患、精神神経疾患など多様な疾病の原因となることが示唆されている1)2)

問題の所在

上記のような多様な疾患との関連が示唆される中で、特に癌の発症に関連するエピジェネティクスの異常は、最もよく研究されており、DNAメチル化酵素阻害剤やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤は抗腫瘍性を示すことから臨床で使用されている1)

また、引き続き各国の製薬会社による薬剤開発も盛んであり、癌以外の疾患においても治療薬の探索が進みつつある3)。我が国のアカデミアにおいても、エピジェネティクスを制御する低分子薬剤の探索は、創薬や再生医療分野における重要な研究課題として位置づけられ、筆者が所属する創薬・医療技術基盤プログラムが支援するテーマに占めるエピジェネティックターゲットの割合も高い4)。上記で述べたように、癌、生活習慣病、免疫疾患、精神神経疾患など多様な疾患との関連が示唆されるターゲットであるが、治療薬ターゲットとしての疾患関連性の確度は如何に検証されるべきだろうか?

ターゲットバリデーションの一般的な考え方

疾患関連遺伝子の解析等から見出された創薬ターゲットが本質的にその病態に関与し、治療薬の開発につながる真の標的であることを検証するターゲットバリデーションの過程は、創薬プロセスにおいて極めて重要である。一般的には、トランスジェニックマウス、あるいはノックアウトマウスの表現型解析、siRNAやshRNAによる標的分子のノックダウンによる作用発現の検証、標的に作用する低分子化合物(ツール化合物)を用いて薬効薬理作用を確認することなどが挙げられるが5)、本稿では特に低分子ツール化合物の活用について著者の経験も踏まえて述べてみたい。

標的特異性と化学的安定性の観点からのツール化合物選択

ターゲットバリデーションに用いられるツール化合物には、標的分子への高い親和性が備わっていることは当然であるが、見落とされがちなのが化合物の構造由来の非特異的親和性の発現である。その部分構造が有する化学反応性によって、標的分子以外の様々な生体分子にツール化合物が非特異的に結合することによって、複雑な薬理活性が発現し、本来の実験の目的が達成されないことが懸念されるのである6)。また、粉体として購入されたツール化合物は、実験時にはDMSO(ジメチルスルホキシド)等で溶解され、一部が使用された残りは溶液状態のままで凍結保存されているだろう。再度使用時には融解され、使用後は凍結保存されることが一定期間において繰り返されるのが一般的と考えられるが、ツール化合物が一定期間溶液化状態に置かれることによる化学的構造変化(分解や酸化)が懸念される注1)

上記で述べたように、非特異的親和性発現につながる構造を有する化合物、あるいは分解や酸化による化学的構造変化が懸念される化合物を排除し、適切なツール化合物のみを選択し、任意の疾患に関連する標的分子との相互作用を正しく検証したい。さらに、その実験データの再現性を確保することは、標的分子が病態に関与し、治療薬の同定につながる真の標的であることが証明されることのみならず、研究者の仮設の正しさを証明する唯一の方法なのである注2)。また、ケミカルツールを用いる際に、複数の濃度設定条件による実験を行い、薬理反応が濃度依存性をもって発現していることを求めたい。さらに、標的分子に対して同じ薬理作用を備えつつ異なった化学構造を有する複数のツール化合物で、同様の薬理作用が発現することを確認することが望ましい。その結果、創薬ターゲットとしての標的分子と病態との関連性の確度がより高められることとなる注3)。加えて、上記のポジティブな結果に付随して、遺伝子改変マウスの表現型解析、siRNAやshRNAでの検証データが標的の正しさを支持していれば、疾患ターゲットとしては極めて望ましいものと判断される。

結語

筆者は、創薬化学を基盤としてアカデミア発創薬を支援する過程において、適切なツール化合物を用いて、創薬ターゲットと疾患関連性を十分に検証すること、換言すれば、治療薬探索を本格的に開始する前に正しい標的を見出すことの重要性を再認識している。ひとたび信頼性の高い疾患関連標的が定まれば、医薬品候補物質を見出す方法は豊富に存在し、我々はそれらを活用し探索研究に邁進するのみである。

本稿では、エピジェネティクス制御分子の多様性を冒頭に取り上げて論じてきたが、適切なツール化合物を用いて任意の疾患に関連する標的分子をバリデートすることは、いずれの疾患領域の研究においても最重要プロセスであることは共通している。本稿が、創薬を目指した疾患研究に携わる研究者の一助になれば幸いである注4)

注釈

注1) 筆者らは、任意のターゲットに対して親和性を有するデータが得られた際には、評価に用いられた化合物溶液(通常DMSO)を、LC-MS(PDA検出)にて分析することによって、検出された分子イオンピークから理論的に決定される分子量が化合物の構造式から算出される分子量に一致すること、ならびに純度が十分に高いことを確認している。特に、長期保存された化合物溶液には注意を要する。溶解度が高くない化合物であれば、融解時に沈殿物の析出にも注意したい。可能ならば、実験毎に粉体を溶解しサンプルを調製されること、あるいは凍結融解による繰り返し使用に際しては、回数や期間を定めてサンプルを廃棄し、できるだけフレッシュな化合物溶液が用いられることが望ましい。

注2) 創薬・医療技術基盤プログラムでは、研究代表者から提案された支援テーマ候補のターゲットバリデーションに関する資料を検証する際に、どのような方法でバリデートされた疾患関連標的なのか。ツール化合物が用いられている場合、それは適切な物性を備えているものか。データの再現性に問題がないか等については厳密に検討している。本年度よりAMED(日本医療研究開発機構)に集約された創薬や再生医療に関連する競争的資金の審査においても、同様の視点で疾患関連標的の確かさやデータの質が評価されていると思われる。

注3) 本稿で述べたツール化合物に求められる物性は、in vitro実験を想定している。ツール化合物を動物実験等に用いるためには、対象動物の肝ミクロゾームに対する安定性が高いことは必須であり、適切な投与法による薬物動態試験によって、被験化合物が試験動物内に十分に暴露されていることが理想的である。中枢疾患であれば被験化合物の脳脊髄液濃度を確認することが必要である。実験者が、任意の化合物をin vivo実験に用いる際には、動物実験の先行事例のプロトコルを参照されるか、低分子創薬経験者のアドバイスを受けられることを勧めたい。

注4) 近年、再生医療や疾患由来細胞による薬効薬理作用の検証、表現型スクリーニングによる治療薬の同定を目的とした幹細胞研究が盛んである。それらの研究の核となる細胞のリプログラミングにはエピジェネティクスを制御する様々な低分子阻害剤が有効であることが明らかにされつつあり、DNAメチル化酵素阻害剤やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤、ヒストンメチル化酵素阻害剤が、iPS細胞の作製効率を高めることが報告されている。また、幹細胞の分化においてもエピジェネティックな制御機構が関与していることが報告されている。

文献

  1. Arrowsmith, C. H. et al. Nature Reviews Drug Discovery 2012, 11, 384-400.
  2. Filippakopoulos, P. et al. Nature Reviews Drug Discovery 2014, 13, 337–356.
  3. DeWoskin, V. A. et al. Nature Reviews Drug Discovery 2013, 12, 661–662.
  4. 国立研究開発法人理化学研究所 産業連携本部 創薬・医療技術基盤プログラム(http://www.riken.jp/dmp/index.html  )
  5. Gashaw, I et al. Drug Discovery Today 2012, 17s, S24-S30.
  6. Julian, B. Annual Reports in Medicinal Chemistry 2006, 41, 353–368. Frank electrophileならびにCross linking agentのカテゴリーを参照されたい。