神経変性疾患

多発性硬化症

 

多発性硬化症(MS)は中枢神経系の炎症性脱髄性疾患のひとつであり、若年成人の特に女性にみられる神経変性症状としては最も多く20~40歳くらいの人々が襲われます。世界的には200万~300万人が発病しており、米国だけでもその数は40万人にのぼります1,2。特に北欧、北米の温暖気候地域での有病率はさらに5倍で、北欧人系の人々は1,000に約1人の割合でMSを患っています3。多くの場合、この疾患はなんらかの神経症状の発現時に、MRIスキャンによって脱髄病巣が発見され、その後一部かあるいは全面的な回復へ向かいます4。急性期には、患者には四肢の刺すような痛み、運動麻痺、視力障害や失明、激しい疲労感、疼痛、認知機能の変化などを含めそれ以外にも多くの神経症状が出て、その強度も症状によってさまざまです。そのうち徐々に障害が増悪するという性質をもった寛解期のない慢性的な進行性の段階へと進行します5。この時期は30年間にわたり継続する可能性があります3,6

MSで最も脱ミエリン化されやすい中枢神経系の領域は、視神経、脳室周囲白質、脳幹および脊髄です3,7。これらの領域における象徴的な変化は、炎症、軸索損傷、アストロサイトの瘢痕の形成をともなって脱ミエリン化した境界鮮明な部分があることです8。MSの病理の核心は自己免疫のメカニズムであり、細菌性の病原体によって誘発される説が最も支持されています。その結果、自己抗原特異性のT細胞が中枢神経系に侵入し、直接的に毒性物質を放出するか、あるいはマクロファージやミクログリアによる毒性物質の放出を間接的に誘導してミエリンに損傷を与えます。ミエリンの消失は、次にはオリゴデンドロサイトの破壊と軸索損傷を様々な程度で引き起こし、それらが認知性や神経性の変化と関係しています7

MSの動物モデルである実験的自己免疫性脳炎(EAE)はMSにみられる炎症や神経変化と似た症状を呈しており、MSの症状が自己免疫疾患の一種であるという説を裏付けています9。MSの自己免疫説は有力な見解ですが、これとは別の仮説によると再発・寛解型MSに共通する特徴であるオリゴデンドロサイトの広範なアポトーシスは、死後脳の解析からみて明確な細胞性免疫応答がなくても観察されるものであると指摘しています7。オリゴデンドログリアによるアポトーシスの引き金は、オリゴデンドロサイトに対する細胞毒性を有するタンパク質syncytinを発現するHERV-Wのようなレトロウイルスに加えて、低酸素性虚血性障害の間に生み出される細胞外グルタミン酸レベルの上昇が考えられます7。オリゴデンドロサイトの細胞死のあと長い間残存するミエリンフラグメントによりミエリンに対する抗体が形成されます10

MSの再発率と強度を管理することは最新の研究活動の焦点になっています。従来からコルチコステロイド類が効果的とはいえないにせよ、その継続期間を短縮するということから再発中の時期に投与されてきました。酢酸グラチマーはミエリン塩基性タンパク質の配列をミミックしたペプチドの混合物ですが、ミエリンのデコイ分子として作用することでミエリンに損傷を与えるT細胞を遮断し、再発率を低下させます。免疫抑制剤アザチオプリンとDNA修復のインヒビターでガン治療によく使用されるミトキサントロンは、活動性の高い再発・寛解型MSの治療で投与されます10。抗ウイルス薬のインターフェロンβ-1a(INFβ-1a)、あるいはインターフェロンβ-1b(INFβ-1b)は再発率をやや低下させるとはいえ、未だにその作用メカニズムは決定されていませんが、おそらく炎症誘発性サイトカインの阻害が関わっているものと考えられます11。その他、基礎研究の領域では炎症誘発性サイトカインとケモカインCCL2CCL5CXCL10など)と同時にそれらのレセプターが注目を集めています。炎症誘発性サイトカインのオステオポンチンは、MS患者から取られた脳検体で上昇が認められました。遺伝子ノックアウト研究によってオステオポンチン遺伝子の欠失がT細胞活性化を抑制し、インターロイキン-10を誘導してEAEの重症度を軽減することがわかりました。電位依存性イオンチャネルもMSのターゲットとしてかなり期待が寄せられています。例えば電位依存性カリウムチャネルKv1.3の場合、中枢神経系のニューロンと同様、T細胞にも発現しており、その活性化に関与しています。選択的なKv1.1/Kv1.3インヒビターのカリオトキシンは、抗原依存的なT細胞活性化を阻害してEAEを緩和します12。あるいは最近になって、ナトリウムチャネル、特に電位依存性Nav1.6チャネルが、EAEのミクログリア活性化とマクロファージにより誘導されるファゴサイトーシスにとって重大な意味があるという報告もされています。よってこれらのチャネルブロックは、抗炎症性のメカニズムを経由してMSを改善するかもしれません13

幾つかの治療法が、すでに現在MSに関連した症状に使用されており、その他開発中のものがあります。本来は別の適応で承認された薬剤の中から、MS症状の管理するための治療に使用可能なものが多く発見されています。例えば筋弛緩剤のバクロフェンチザニジンは、MSにおける痙直の軽減にも効果があります。今のところ、MSに伴う痙直と疼痛の治療の最も有力な候補はサティベックスです。この製品はカナビスという植物の全抽出物で、CB1レセプターを増強するマリファナの有効成分Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオールが含まれています14。また、デキサナビノールやマリノールのような非向精神性の合成カンナビノイド類もこの病気に対する臨床試験が進んでいます1。そのほか現在の治療では、ナルコレプシーに対する覚醒促進作用で承認されている二種類の化合物モダフィニルとその誘導体アドラフィニルが、疲労感を緩和をするとしてMS患者に投与されています。NMDAレセプターアンタゴニストアマンタジンはセロトニン選択的な再取り込みインヒビターでもありますが、これも疲労感の緩和に用いられます。通常うつ病に処方されるモノアミントランスポーター阻害剤のメチルフェニデートブプロピオン、あるいはペモリンやデキストロアンフェタミンのように注意欠陥多動性障害の治療に使用される薬剤15もMS患者の慢性疲労を低下させます。重度のアルツハイマー病の緩和治療に使用されるNMDAレセプターアンタゴニストのメマンチンがEAEマウスの発症と進行を抑制するという報告は、グルタミン酸レベルの上昇が神経変性疾患にみられる神経損傷の一因であるという説を裏付けています16。他にもドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンといった通常アルツハイマー病の認知障害の治療に使用される薬剤が、MS患者の同じような症状を処置するために用いられています。

 

参考文献

  1. Mayfield, R., Highs and lows of MS therapeutics. Curr. Drug Disc., September, 11-13 (2003).
  2. Pryce, G. and Baker, D., Emerging properties of cannabinoid medicines in management of multiple sclerosis. Trends Neurosci., 28, 272-276 (2005).
  3. Noseworthy, J.H., Progress in determining the causes and treatment of multiple sclerosis. Nature, 300 Supplement, A40-A47 (1999).
  4. Ranjeva, J.P., et al., Local tissue damage assessed with statistical mapping analysis of brain magnetization transfer ratio: relationship with functional status of patients in the earliest stage of multiple sclerosis. AJNR Am. J. Neuroradiol., 26, 119-127 (2005). Erratum in: AJNR Am. J. Neuroradiol., 26, 986 (2005).
  5. Compston, A. and Coles, A., Multiple sclerosis. Lancet, 359, 1221-1231 (2002). 6. Mathisen, P.M., Gene discovery and validation for neurodegenerative diseases. Drug Discovery Today, 8, 39-46 (2003).
  6. Mathisen, P.M., Gene discovery and validation for neurodegenerative diseases. Drug Discovery Today, 8, 39-46 (2003).
  7. Matute, C. and Perez-Cerda, F., Multiple sclerosis: novel perspectives on newly forming lesions. Trends Neurosci., 28, 173-175 (2005).
  8. Lucchinetti, C., et al., Heterogeneity of multiple sclerosis lesions: implications for the pathogenesis of dymyelination. Ann. Neurol., 47, 707-717 (2000).
  9. Altman, D.M. and Boyton, R.J., Models of multiple sclerosis. Drug Discovery Today: Disease Models, 1, 405-410 (2004).
  10. Hefti, F.F., Other neurodegenerative disorders. In Drug Discovery for Nervous System Diseases. Ch. 12., John Wiley & Sons, Inc., (2005).
  11. Tuohy, V.K., et al., Modulation of the IL-10/IL-12 cytokine circuit by interferon- β inhibits the development of epitope spreading and disease progression of murine autoimmune encephalomyelitis. J. Neuroimmunol., 111, 55-63 (2000).
  12. Wulff, H., et al., Design of a potent and selective inhibitor of the intermediate- coinductance Ca2+-activated K+ channel, IKCa1: a potential immunosuppressant. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 8151-8156 (2000).
  13. Craner, M.J., et al., Sodium channels contribute to microglia/macrophage activation and function in EAE and MS. Glia, 49, 220-229 (2005).
  14. Baker, D., et al., Cannabinoids control spasticity and tremor in a multiple sclerosis model. Nature, 404, 84-87 (2000).
  15. Crayton, H., et al., Symptom management. In MS treatment algorithms: A consensus of expert recommendations., Health Science Center for Continuing Medical Education,17-23 (2003).
  16. Paul, C. and Bolton, C., Modulation of blood-brain barrier dysfunction and neurological deficits during acute experimental allergic encephalomyelitis by the N-methyl-D-aspartate receptor antagonist memantine. J. Pharmacol. Exp. Ther., 302, 50-57 (2002).

 

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