神経変性疾患

プリオン病

 

プリオン関連病は伝達性海綿状脳症(TSE)ともいわれる致死性の神経変性疾患であり、遺伝性、自然発症に加えて、伝染性があるということが知られています。特徴的な症状は、中枢神経系における脳の空胞化、神経細胞のアポトーシスやミスフォールドしたプリオンタンパク質の蓄積です1。TSEの中にはヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(GSS)、致死性家族性不眠症(FFI)およびクール病、ウシの海綿状脳症(BSE)、ヒツジではBSEとスクレイピー、さらにシカの慢性消耗病(CWD)があります2。TSEの根本的な原因は当初、DNA型かあるいはRNA型ウイルスの核酸であると考えられていました。しかしスクレイピーの感染性の性質が徹底的に調査されてから、プルジナーのグループが「タンパク質性感染性粒子」(proteinaceous infectious particle、プリオン(prion)の語源)によってこの病気が伝染するというタンパク質感染説を提案して話題となりました3。プリオンは”コンホメーションの可変性能”を活性化する4要素と定義され、感染という生体内情報をタンパク質のフォールディング変化によって伝達します1。内在性のプリオンタンパク質はPrPC(細胞性プリオンタンパク質)として知られ、その感染型はPrPCが変換した状態としてPrPSc(スクレイピー関連プリオンタンパク質)といわれています。変異型のPrP遺伝子は遺伝性のTSEに関与しています5。TSEの特徴は海綿状変性、アストロサイトの増加、神経細胞の脱落に加え、プロテアーゼ耐性のPrPScを含むアミロイド斑が徐々に蓄積することです。

 

内在性プリオン(正常型)とPrPSc(異常型)

内在性のプリオンタンパク質は分泌経路で合成されて細胞表面へ輸送される天然のタンパク質であり、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)のアンカーで細胞表面に固定されます。PrPCはニューロンに高度に発現する銅結合タンパク質で、銅代謝、酸化バランス、神経保護に関与すると考えられています6-9。PrPCとPrPScのアミノ酸配列やグリコシル化による差はみられません10が、PrPScの二次構造のコンホメーションの違いがプロテアーゼ分解に対する抵抗性や病原性をもたらしています。PrPCは正常な状態ではその40%がα-ヘリックスであり、二箇所のひだ状の非常に短いβ-シート部位を有しています1。その一方で、分光法によるとPrPScは45%がβ-シートを含む三次構造を形成し、安定かつ不溶性で蓄積されやすい伸びきったコンホメーションを取ることが示されています11,12,14

 

PrPCからPrPScへの変換:Protein-Only仮説

哺乳類のプリオンは経口摂取によりリンパ系を通じて中枢神経系(CNS)に影響を及ぼすことが知られていますが、その後何が起きるのか正確なところはまだ不透明です。感染物質としてのプリオンタンパク質を支持する証拠は多くありますが(protein-only説)、細胞性因子はどんな役割を果たすのか、あるいはプリオン種と”種の壁”の関連性がどう説明されるのか、といった疑問は未だに解決していません1,13。プリオンの複製は、感染性のPrPScがホストのPrPCと特異的に相互作用して病原型のプリオンタンパク質へと構造的な転換が促進されたときに発生すると考えられています20。“Seeding”説、つまり“Nucleation-Polymerization(重合的核生成)“モデルによると、PrPCとPrPScが溶液中で熱力学的平衡状態を保って共存すると言われています。PrPScの単量体が高度に規則的な多量体を形成して”核”として働くような凝集体となったときに限って、PrPCがPrPScポリマーへと変換されます14。この”template assistance”のモデルでは、PrPCはPrP*といわれる中間体と平衡状態にあり、PrP*がPrPScとヘテロ二量体を形成するには細胞シャペロン(プロテインX)との相互作用が必要であると考えられています14。また、変換にはホストのRNA分子が関与しているという証拠も挙がっています15。神経変性の発症メカニズムプリオン病の発症機序と神経細胞の損傷・細胞死のメカニズムに関する分野は盛んに研究されています。ミクログリアの神経毒性、酸化ストレスと補体活性化が関与していることが確認されています16。また、プリオン病の領域でも標的タンパク質のフォールディングを促進する分子シャペロンが精力的に研究されています。例えばプロテインXと呼ばれる細胞シャペロンは、PrPScの形成に必要であると考えられました8。現在、このタンパク質は小胞(ER)タンパク質のBiPまたはHSP-70であると言われています8。酵母プリオンの研究では、細胞質のある種のHSP-70シャペロンはプリオンタンパク質のミスフォールディングと凝集を促進し、一方で別のHSP-70シャペロンがその形成を阻害すると指摘されています17。タンパク質のミスフォールドや凝集はプリオン病に限った特徴ではなく、アルツハイマー病ALS、パーキンソン病といった複数の神経変性疾患でも起こっています18,19。これらの疾患の原因はどれも複雑で完全に理解されているものはなく、凝集体そのものが有毒種であるのか、別の有毒種が関与しているのか、あるいはミスフォールドタンパク質が正常機能を失ってしまうことが症状の主な要因であるかのかなど、データも一致していません8,18,20-23。また、アミロイド-βとPrPCが酸化バランスの維持に携わっていて、それが失われると銅代謝の摂動で酸化ストレスが生じる原因となり、そのような現象がプリオン病とアルツハイマー病の双方に関わっていると報告されています8

 

治療法の開発

免疫療法や各種化学物質を含め、プリオン治療法の開発に向けた様々な方法が検討されています23-25in vitroでコンゴレッドやスラミンのようなスルホン化色素化合物、ペントサン多硫酸、ヘパリン硫酸といった硫酸化グリカン、ポリフィリン類、フタロシアニン類、スクアレスタチンやロバスタチンのようなスタチン類、DMSO、ポリエン系抗生物質、銅キレート剤などが活性を示しています。ミスフォールディングを阻害するかミスフォールドタンパク質を分解する、あるいは凝集を阻害するような化合物の発見に向けて努力が続けられています。分子シャペロンの一種Grp58は、ミスフォールドタンパク質の蓄積が原因でおこるERストレス応答の間に活性化することが認められています。Grp58にはプリオンの神経毒性に対する保護作用が認められ、それはおそらく直接的な相互作用によりPrPScのミスフォールディングを低下させるものと考えられています26。また先頃、Bis-ANSにシャペロン様の活性があることがわかり、プリオンタンパク質のアミロイド形成を抑制する可能性があるといわれています27,28。ビスアクリジンがプリオン複製の強力なインヒビターとして見いだされ、細胞モデルでPrPSc量の減少が確認されています29。このような物質はプリオンの研究には使われていますが、臨床症状が発現した時点でヒトに対する治療効果を示す化学療法は今のところ証明されていません25。しかし、新しい研究成果の数々で見通しが変わる可能性も期待されています。ペントサン多硫酸の場合、複数の調査である程度の成果が認められています25キナクリンは臨床試験で予想外の結果が続きましたが、新しい報告ではキナクリンとベラパミルとの併用が有望視されています30。また、マレイン酸フルピルチンin vitroで神経細胞のアポトーシス性細胞死に対する保護作用が認められ、さらに治験患者でも認知症テストにおける悪化程度が対照被験者と比較して抑制されることがわかりました31。プリオン病が理解されるまでには、まだ極めて多くの調査・研究が残されています。しかしその根底にあるメカニズムが解明されればそれが新しい治療法につながることは勿論、細胞生物学やその他の神経変性疾患においてもタンパク質のコンホメーションや構造に関する多くの謎が解き明かされるにちがいありません。

 

参考文献

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