精神神経障害

統合失調症

 

統合失調症は認知機能障害、思考障害、感情変化ときわめて情緒不安定なまたは緊張性の行動を特徴とする精神障害です。疾患の陽性症状として妄想、幻覚、パラノイアがみられます。陰性症状には、思考や言語の異常、言語欠如、行動的欠陥、情動の平板化、引きこもり、感情鈍麻性、快感消失症(快楽を体験できない)、注意力欠陥、社会能力の欠乏などの行動的欠陥があります3-5

統合失調症の世界的有病率は1%です。発症年齢は、典型的には10代後半から20代前半であり、その原因は多面的で、遺伝的、環境的要因の両方が関与するものと考えられています5-8。発病しやすい遺伝が存在すると思われますが、それが必ずしも本格的な症状につながるとは限りません。統合失調症との関連が認められた環境要因には、出生前の栄養失調やストレス、生誕時期、出産の合併症、子宮内感染があります9。症状は継続的に現れるものと断続的なものがあり、抗精神病薬により改善される症状もありますが、一方では障害が慢性、あるいは生涯にわたる傾向があります。

統合失調症の治療において最初に導入された有効な薬物療法はクロルプロマジンで、1950年前半に用いられるようになったフェノチアジン系の薬物です。同時期に、モノアミン(ドーパミンなど)のシナプス貯蔵を枯渇させる薬剤であるレセルピン注射や、チロシンヒドロキシラーゼインヒビターのα-メチルp-チロシンの投与も統合失調症の症状を軽減することが知られるようになりました10。さらに、ドーパミンの直接の前駆体であるL-DOPAの投与は、ドーパミン遊離物質d-アンフェタミンと同様、精神障害の症状を悪化させることがわかりました11。これらの所見より、精神障害の症状は過剰のドーパミン伝達、特にA10の中脳辺縁系と中間皮質系のドーパミン経路の末端領域に起因する、と仮定した”統合失調症のドーパミン仮説”が、Arvid Carlssonにより提唱されました12, 13

1960年代、統合失調症のドーパミン仮説は、疾患の原因論における有力説として定着し、それ以降、多くのドーパミンレセプターアンタゴニスト群が、抗統合失調症薬、抗精神病薬用として開発されました。多くのフェノチアジン系薬物(チオリダジンフルフェナジントリフルオペラジンペルフェナジン)や構造的に類似したチオキサンチン系(クロルプロチキセン、チオチキセン)に加え、ブチロフェノン系ハロペリドールなどがそれです。これらの薬物は、深刻な副作用が高頻度で発生するにもかかわらず、40年以上もの間、統合失調症治療の柱となりました。最も顕著な副作用は、線条体ドーパミンレセプター、すなわちA9黒質線条体ドーパミン経路の終末部位の遮断が原因でおこる錐体外路系神経疾患です。これらの運動障害には治療経過の早期にみられるパーキンソニズム、静座不能(アカシジア)および急性ジストニー反応、あるいは錐体外路性終末欠陥症候群、口腔・顔面の遅発性ジスキネジアのような薬物使用の停止後も回復不能なものもありました。また、内分泌系の副作用も多く、それらは特に脳下垂体前葉からのプロラクチン放出の阻害を支配するドーパミンレセプターが遮断され、血清プロラクチンが上昇することに起因しています。

1970年後半、”定型”抗精神病薬(例えば、ブチロフェノン系やフェノチアジン系)はすべて、脳ドーパミンレセプターの遮断能を有することが見いだされ、統合失調症のドーパミン仮説はさらに洗練されました。[3H]-ハロペリドールの結合阻害に最も効果の高い薬剤は、臨床の抗精神病薬として最も強力、かつ錐体外路系と内分泌系の副作用が最も強いという傾向がありました。[3H]-ハロペリドールの結合阻害効果の低い薬剤は、おおむね、抗精神病薬としての作用が低いものでした。1979年、KebabianとCalneによってドーパミンレセプターのD1およびD2サブタイプが明らかとなり、既存の抗精神病薬の分類がさらに進みました14。ブチロフェノン系ハロペリドールや複数のフェノチアジン系薬物(フルフェナジン、トリフルオペラジンなど)、チオキサンチン系(チオチキセン)は、ドーパミンD1レセプターに比べD2レセプターに対する高親和性を一様に示しました。加えて、それらは抗精神病薬としてかなり強力なものでした。D2レセプターに比較的低親和性であった他のフェノチアジン類は、抗精神病薬としても低い作用を示していました。このような知見によって、ドーパミン仮説はさらに洗練されました。抗精神病性の効力は、ドーパミンD2レセプターの遮断に相関していると考えられ、統合失調症はD1ではなく、D2の過剰な刺激が原因であると想定されました。

統合失調症のドーパミン仮説を裏付ける様々な証拠が挙げられる一方で、相反する研究成果も報告されました。例えば、統合失調症患者の脳脊髄液、血漿中においてドーパミン代謝産物の目立った増加が認められず15, 16、ドーパミン作動性過剰伝達の根拠について疑問の声が上がりました。最近になって、精神障害のエピソード中に脳内のドーパミン濃度が増加し、鎮静時には増加しないことが明らかとなり4、やはり、散発的に起こるドーパミンの過剰活性化が精神障害症状と関係するのではないかと言われています。一連のドーパミン議論が一段落すると、この病気の病因に関連すると思われるドーパミンシグナリングにかかわるメディエーターへと関心が注がれるようになりました。この10~15年は、一カ所あるいはそれ以上の辺縁系終末領域におけるドーパミンレセプターの過剰発現や異常機能が、統合失調症と関係するかもしれないいう可能性について、多くの研究が費やされました。この概念の裏付けとなったのはポジトロン放出断層撮影法(PET)を用いて測定された、薬剤未使用の統合失調症患者の線条体におけるドーパミンD2レセプター密度の上昇でした17

1980年代後半から1990年代前半には、三種類の新たなドーパミンレセプターが発見され、既知のD1、D2レセプターと配列相同性が認められました。ドーパミンD3およびD4レセプターの配列と薬理作用はD2レセプターに類似しており、「D2-様」と呼ばれるファミリーを構成しています。ドーパミンD5レセプターはD1レセプターと構造、薬理作用が類似しており、現在は「D1-様レセプター」と分類されています。各ドーパミンレセプターサブタイプにおいて、薬理学的な選択性を示すような薬剤の探索が続けられました。その成果として、多くのアゴニスト、アンタゴニストがここ15~20年の間に発表され、それらの多くがこの研究分野における標準的な薬理作用化合物として広く用いられるようになりました。これらの化合物は、ドーパミン作動性疾患のさらなる標的治療において強力な薬剤の候補であるのは勿論、各レセプターの組織分布や機能研究にも有効な手段でした。一般的に、このような薬剤の選択性はD1-様かD2-様かに大別され、同じファミリーの各レセプター間(D2, D3とD4、あるいはD1とD5)ではさほど大きな区別はありません。

抗精神病性効果が検討されていた選択的ドーパミンレセプターアンタゴニストのうち、例えば、ベンズアゼピンのSCH 23390、SCH 39166のようにD1-様レセプターを選択的に遮断する性質をもつものは一般的に抗精神病薬としての有効性を示していませんでした18, 19。この結果、D1-様レセプターよりもD2-様レセプターを標的とした薬剤の方が、治療に役立つという考え方が主流となりました。

1990年代前半、D3およびD4ドーパミンレセプターの同定によって、これらのレセプターに新しい抗精神病薬としての関心が移りました。ドーパミンD3レセプターは、中脳腹側被蓋野、黒質だけでなくA10ドーパミン投射の辺縁系の終末領域にも多数発現していることから、疾患に関与すると考えられました20。この局所による発現の差異から考えて、D3レセプターアンタゴニストは、線条体と脳下垂体のD2を遮断することなく、おそらく統合失調症に関与した辺縁系領域のドーパミン作用をブロックし、ゆえに従来のD2アンタゴニストに見られた内分泌性の副作用が解消さるであろうと推測されました。この研究は今でも盛んに行われており、Nafadotride21SB-277011-A22など、複数の新しいD3レセプター選択的アンタゴニストが発表されています22。これ以外にも、D3レセプターのオートレセプターの機能が治療に利用されています。中脳ドーパミンニューロンのオートレセプターの活性化により、その神経発射が阻害されてドーパミン放出を抑制し、抗精神病薬の特徴とよく一致した効果を示します。PD 128,907、BP 897やD2に比べD3により選択的なアゴニストの7-OH DPAT、ロピニロール、プラミペキソールなど、いくつかのD3レセプターアゴニストは現在使用可能であり、この仮説を評価するには有効です。

また、”非定型”抗精神病薬のクロザピン(錐体外路系副作用が低い傾向にあることから命名された)の臨床的な成功が大きな理由となって、ドーパミンD4レセプターも統合失調症に関連があるとみなされています。この薬剤は他のドーパミンレセプターサブタイプと比べ、よりD4に対する選択性があり、今まで導入された抗精神病薬の中で最も有効な薬剤のひとつとして浮上しました。また、クロザピンは、統合失調症の陰性症状を軽減できる最初の薬剤として有名です。さらに、D2レセプターの強い遮断属性による錐体外路系、内分泌系の副作用がありません。このことは、このような副作用を持たない抗精神病薬がありうるかもしれないということです。皮質の辺縁系領域にD4レセプターが局在することから23、D4レセプターが統合失調症の病因に深く関与しているという考えが強まり、今後の抗精神病薬の標的としての関心が寄せられました。それ以降、NGD-94-1、L-745,870、PD 89211といった多くのD4選択的アンタゴニストが開発されてきました。しかしながら、このうちの一つ、L-745,870の臨床研究で、統合失調症患者に予想に反した結果が生じ24、D4レセプターの選択的遮断という方法は、この複合疾患の治療のためにはあまりにも単純化された戦略であると判明しました。クロザピンの他の薬理作用は、第二世代の”非定型”抗精神病薬をデザインする重要な手掛かりをもたらしました。

クロザピンはD4レセプターに加えて、セロトニン5-HT2ムスカリン作動性レセプターα1-アドレナリンレセプターヒスタミン-H1レセプターなど、一連のレセプターに高親和性を示します25。従って、その抗精神病薬としての有効性は、複数レセプター、特にD4と5-HT2をアンタゴナイズする能力に備わっているかもしれません。この特徴にもとづいてここ10年間、様々な親和性でD2、D4レセプターと5-HT2レセプターを遮断できるような新しい抗精神病薬の薬物群が導入されました。リスペリドン、オランザピン、ジプラシドン、ケチアピンなど、さらに新しい”非定型”抗精神病薬は、現在、統合失調症治療の中心になっています。最新の薬剤アリピプラゾールはD2の部分アゴニストであり、5-HT2/5-HT1Aのアンタゴニストです26。その新規性は、この薬剤のドーパミンD2レセプターの部分的作動性が、”ドーパミン安定剤”として機能しているという事実です27。このような薬剤がドーパミンオートレセプターを刺激することにより、ドーパミン放出は低下すると考えられます。さらに、シナプス後ドーパミンレセプターを占有してわずかに弱いアゴニスト活性を誘導することで、辺縁系ドーパミンレセプターの過剰刺激を低下させると考えられ、その作用がおそらく抗精神病薬の効能に関与しています。

このような新薬は従来の抗精神病薬と少なくとも同程度の効力があり、錐体外路系とプロラクチン上昇の副作用はありませんが、非定型抗精神病薬には依然として別の副作用があります。例えば、クロザピンは顆粒球減少症を引き起こす傾向を伴うため、その使用法は制限されています。さらに、新薬のいくつか(特にクロザピンとオランザピン)は、従来の複数の抗精神病薬と同じように体重増加を引き起こす傾向をもっています。理想の抗精神病薬への探索が終わっていないことは明らかです。それでもなお、この破滅的な疾患に潜んだ神経化学的要因に対する我々の理解は、近年の研究で飛躍的な進歩を遂げ、それは、この疾患を含めたドーパミン作動性神経伝達障害を調査研究するための薬理学的手段という武器になっています。

現在の研究トレンド

ゲノム要因が統合失調症の感受性に影響するのは明らかであり、これら遺伝子に基づく相違の中には、代替療法的な戦略に利用できるものもあります。これまでのところ、遺伝子連鎖の研究により、この疾患に関係する可能性のある多くの遺伝子多型が同定されていますが、実際にはその多くに病気との関連性が疑問視されています。マイクロアレイ分析によってより一層確実な候補遺伝子が同定されるはずですが、これらもさらに疾患との関連性を検証する必要があるでしょう。統合失調症に関連するいくつかの遺伝子多型は、既存薬剤を使用して、その薬理な修正をくわえられる可能性があります。そのような遺伝子欠損の一つに、第15染色体上に位置するα7ニコチン性コリン作動性レセプター遺伝子におこるジヌクレオチドの遺伝子多型があります15, 28。変異遺伝子は、正常な感覚入力を撹乱する注意障害に関連しています。ニコチンにより、統合失調症患者のこの障害を正常化することができます。実際、統合失調症患者によるニコチンの大量使用はこの障害を克服するための、自己治療への試みであると言われてきました。α7ニコチン性コリン作動性レセプターのアゴニストであるGTS-21は、有望な抗精神病性作用をいくつか示しています29

その他の統合失調症に関連する遺伝子多型に、カテコールアミン代謝酵素、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)の対立遺伝子の異常があります30, 31。ペプチド配列の158/108位でおこるメチオニンバリン置換は、酵素活性を変化させて、次々とシナプスのドーパミンレベルを制御します。統合失調症感受性と関連のあるCOMT-Val 変異体は正常より酵素活性が高いことから、ドーパミンの代謝効率が上昇して前頭前野のドーパミンレベルが正常値より低下します。前頭前野の相対的なドーパミンの欠乏は、認知・をウォーキングメモリータスク機能の低下として計測される”前頭部低活性”に関連すると考えられており、一方で、他の辺縁系の終末領域における相対的なドーパミンの過剰伝達が、精神疾患の根底にあると考えられています。最終的には、COMT異常によって引き起こされる腹側被蓋野ドーパミンニューロンの調節不全と機能亢進が、精神疾患の原因になっていると想定されます。このことから、おそらくCOMTのインヒビター(トラカポン、エンタカポン、OR-486、Ro 41-0960など)は、COMT-Valアレルの過剰活性を遮断し、統合失調症の有効な治療法になると考えられます32

脳のNMDA(N-methyl D-aspartate)グルタミン酸レセプターの機能低下も、やはり統合失調症の陰性症状と関連があります33。ヒトにおいて、解離性麻酔薬のケタミン、幻覚剤のフェンサイクリジンはともにNMDAグルタミン酸レセプターのインヒビターであり、記憶を混乱させて統合失調症と似た症状が出ます34, 35。このことから、NMDAグルタミン酸レセプターを介した興奮伝達の促進は、この疾患の治療において効果的であるだろうという説が生まれました。直接作用するアゴニストは興奮毒性を引き起こしますが、NMDAグルタミン酸レセプターのグリシン部位を標的にすれば、神経毒性のない伝達を促進する手段となる可能性があります。グリシン部位を介して作用するNMDAレセプターの補助伝達物質は、有効な抗精神病薬として現在、その探索が進められています。例えば、グリシン部位の部分アゴニストである、グリシン、D-セリンD-サイクロセリンは、抗精神病薬を服用する患者にみられる認知機能障害だけでなく統合失調症の陰性症状も改善します36-38

これとは別に、グリシントランスポーター1(GlyT-1)の阻害によりグリシン再取り込みを遮断して、シナプスのグリシンレベルを上昇させるという方法が考えられます。実際、NPFS(ALX-5407)のようなGlyT-1の不可逆性インヒビターは、NMDAグルタミン酸レセプターの機能低下が統合失調症に果たす役割を検討する新しい手段となっています39

 

製品リスト

 

参考文献

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