疾患研究

疼痛機序

痛みのメカニズムについて

痛みとは、組織の実際の損傷や潜在的な損傷に附随する、あるいはそのような損傷そのものとして述べられる、感覚的にも情動的にも不快な体験ですが、私達の存在にとっては不可欠な要素でもあります1。急性期の痛みは局所的かつ一過性であり、刺激と応答が直接的関係を示します。潜在的に損傷を誘発する危険性を伴う熱的要因、機械的要因あるいは化学的要因との接触に対して警告を発し、私達を危険から守るという痛みの性質上、比較的高い閾値が必要とされます。痛みの持続と慢性化は、治療を必要とする主な理由となります。病理学的状態にある痛みは、それが炎症であれニューロパシー(損傷およびジストロフィーや求心路遮断痛を含む神経系の疾患)であれ、生理学的重要性が長らく指摘されており、活発に研究対象とされてきました2

【痛みの持続】

世界人口の三分の一以上の人々が、持続痛や反復痛に悩まされています。アメリカ合衆国内だけでも、年間数億人もの人々が中程度あるいは重度の痛みに苦しんでいます3。さらに、慢性痛に関連する医療保障、賠償あるいは訴訟に毎年およそ一千億ドルが費やされています4。難治性の痛みの治療を求める人々のうち、現在受けている治療の内容に満足している人はわずか50%です5。痛みに対する医学的診断は、患者の気分や疾患の進行状況、また個人差や性差が反映され正確さに欠けることが多いという状況にあるため、痛みが発生するメカニズムの評価は困難です。したがって痛みは、重篤度、頻度や持続時間およびその原因について診断されなければなりません5

【痛みと痛覚消失の解剖学】

損傷部位では、組織の損傷によって種々の化学因子の放出が誘導されます。これらの因子には、下記があげられます。

これらの因子はすべて感覚神経(侵害受容器)を刺激し、それによって痛みのシグナルが中枢神経系(central nervous system: CNS)へと伝達されます。侵害受容器には、主に2種類の型(無髄神経と有髄神経)が存在します。

  • 無髄侵害受容器は繊維径の細い低速伝導型C繊維と呼ばれ、灼熱痛や鈍痛を伝達します。
  • 有髄侵害受容器は中程度~太い繊維径の高速伝導型Aδ繊維であり、鋭痛を感受します。

どちらの侵害受容器も、損傷部位の末梢およびシナプスから痛みのシグナルを受け取り、脊髄後角の介在ニューロンに伝達します6。それぞれの侵害受容器は、シグナル伝達速度の違いだけでなく、含有する神経伝達物質、発現する受容体とイオンチャネル、損傷や疾患の際の増感能が異なっていると考えられます7。すべての侵害受容器のうち約70%がC繊維であり、残りの約30%がAδ繊維です。

 

 

【C繊維】

TrkA(神経成長因子受容体)を発現し、イソレクチンB4(潅木の一種、Griffonio Simplicifoliaから抽出されるレクチン)に結合しないタイプのC繊維は、脊髄後角の最外層にあたるラミナIと外側ラミナIIに投射しています。イソレクチンB4陽性C繊維は、内側ラミナIIに投射しており7、フッ素イオン抵抗性酸性フォスファターゼおよびP2X3受容体を発現しています8,9。NK1ニューロキニン受容体を発現している侵害受容器は投射ニューロンを構成し、脊髄後角ラミナIに集まっています。NK1受容体の発現がみられない小型の侵害受容器は、ラミナIIの介在ニューロンに向けて伸長しているようです10

 

【Aδ繊維】

低閾値機械刺激受容体として張り巡らされた中程度~大型のニューロンは、接触刺激および振動刺激への応答シグナルをAδとAβ繊維経由で伝達しており、これらAδとAβ繊維は、ラミナIII~Vにおいてシナプスを形成しています。脊髄後根神経節のニューロンは、応答する刺激の種類によって生理学的に細分されます。脊髄後角皮層の侵害受容神経細胞は比較的高い閾値を有するため、無害な刺激(穏やかな刺激)の受容には関与せず、痛みを与える刺激にのみ応答します。脊髄後角深部では、広範なニューロンが無害な刺激と有害な刺激の両方の受容に関与しています。触覚シグナルをリレーする有髄Aβ繊維によって並行して伝達される情報もあります6

 

【上行性経路】

痛み刺激により発生した活動電位は脊髄後角(ラミナIと深層V~VI)に伝達された後、2本の上行性経路を経由してさらに高次の大脳皮質領域へと伝達されます。脊髄網様路は、脊髄の両側を上行する網様の構造体であり、その終端は左右視床の髄板内核に達しています。脊髄網様路は一般的な痛み刺激の伝達に関与しています。脊髄網様路は、扁桃核や海馬などの大脳辺縁系の構造だけではなく大脳皮質の前帯状回や島にも張り巡らされたネットワークを通して、痛みの認知プロセスに影響すると考えられています。恐怖と脅威に対する自律的な応答に深く関係する扁桃核を含む大脳辺縁系は、痛みの情動的な側面に関わっています。また、大脳皮質帯状回は痛みへの抑制効果を有する内因性オピオイド活性化の中心として特異的に機能しています12

 

【脊髄視床路】

脊髄視床路は、脳幹(延髄と橋)および間脳を通過して神経繊維を伸ばし、視床の後腹側核および髄板内核でシナプスを形成します。視床からの投射の終端は最終的に大脳皮質一次体性感覚野(S1およびS2領域)に至ります。痛みシグナルの伝達経路は、このS1およびS2領域から後頭頂葉と島皮質へと進み最後には扁桃核、嗅周囲皮質および海馬に至ります13。脊髄後角から発生し脊髄視床路を上行するニューロンのタイプについては、特異的侵害受容ニューロンとともにその大部分が広作動域ニューロンで占められているという点に特に注意してください。

この2種類のニューロンは、規模や程度の異なる痛みの処理において重要です14。このように、脊髄視床路は侵害刺激の情報処理のみならず、痛みに対する情動的応答においても同様に不可欠な役割を担っています。頭部や顔面の痛覚および温度感覚は三叉神経によって伝達され、この三叉神経は脳幹の三叉神経核でシナプスを形成します。その後、神経繊維は交差し三叉神経毛帯に沿って視床へと上行します。最近、脊髄後索に投射する新しい内臓痛覚伝達経路が確認されました15。明らかに、痛みの認知に関わるメカニズムには脳の多くの領域が関係しています。1960年代にMelzackとWallは痛みのゲート理論を提唱しました。この理論は、脊髄視床路に投射する脊髄後角の特定ニューロンが、太い感覚神経軸索と痛みシグナル伝達無髄神経軸索の両者から刺激を受けると仮定したものです16。脊髄後角からの投射ニューロンは、太い感覚神経軸索によって興奮させられ無髄痛覚神経軸索によりブロックされる、介在ニューロンによる阻害を受けます。このような様式で、痛みシグナルを伝達する神経軸索の活動は脊髄後角からの投射ニューロンを最大限に興奮させます。しかしながら、機械刺激受容の感覚神経軸索が同時に興奮すると、この神経が介在ニューロンを活性化することにより侵害刺激シグナルは抑制されます。Melzak17, 18が提唱した別の理論では、痛みとは損傷により引き起こされる感覚神経系への入力の直接的結果というよりも、広範囲に分布した神経ネットワーク(身体ニューロマトリクス)からの出力の結果であるとされています。手足の切断や重篤な神経損傷(腕神経叢切開など)を受けた人の70%に幻肢痛(存在しない手足に感じる痛み)が認められるという事実は、この仮説を支持するものです19

 

【下行性経路】

痛みは、大脳皮質から発生し視床および網様体に終端をもつ下行性経路の調節を受けます。中脳の構造体である中脳水道灰白質も、脊髄後角からのニューロンの直接阻害や、あるいは延髄網様体の大縫線核を介する間接的痛みシグナルの調節によって痛みを抑制します。縫線核からのセロトニン性入力および青班核からのノルアドレナリン性入力の両者が、脊髄後角の抑制エンケファリンニューロンとシナプスを形成することによって脊髄後角第2層からの出力を調節しています。下行性神経繊維から放出されるノルエピネフリンは、α2-アドレナリン受容体に作用して、侵害刺激に対する脊髄後角リレーニューロンの感受性を低下させます。ノルエピネフリンはまた、モルヒネの効果を増強します。そして、μオピオイド受容体アゴニストGABA作動性阻害効果を軽減させることにより、中脳中心灰白質および延髄吻側腹部のニューロンを活性化します20。さらに付け加えると、脳由来の神経栄養因子は、脊髄後角での痛み応答に対する内因性調節因子と考えられ、また炎症に伴う感覚過敏にも関与する可能性があります21

 

【急性痛】

急性の痛みシグナルは、末梢部より脳へとリレーされます。上行性の痛みシグナルは、脊髄において触覚受容器からの求心性シグナルによる調節を受けます。侵害受容器は脊髄後角I層、II層(膠様質)ならびにIII層でグルタミン酸とサブスタンスPを放出し、脊髄出力ニューロンのNMDAおよびAMPAグルタミン酸受容体とNK1ニューロキニン受容体を刺激します。NMDA受容体の活性化の結果、一酸化窒素およびアデノシンという2つの強力な痛み媒介物質が産生されます。接触刺激受容器から伝えられた体性感覚情報を伝達するグルタミン酸作動性ニューロン(Aβ繊維)はラミナ IIIおよびIVにおいて、対側性脊髄視床路として痛み、熱および接触シグナルを中枢神経系のさらに高次の階層に伝達する脊髄出力ニューロンの樹状突起とシナプスを形成しています22

 

【慢性痛】

病理学的状況下(例:神経因性疼痛)の慢性痛発生メカニズムには、末梢性(例:反射性交感神経ジストロフィー)のものと中枢性(例:ヘルペス後神経痛)のものがあります1, 2。末梢の損傷と炎症に続いて生じるC-繊維の反復性興奮は、NMDAグルタミン酸受容体の活性化を引き起こし、その結果C-繊維誘発「ワインドアップ」が生じます。ワインドアップとは、以後の刺激入力に対するC-繊維の感受性が著しく増感した状態を指します23。この現象は、NMDAグルタミン酸受容体アンタゴニストによってブロックすることが可能です。C-繊維誘発「ワインドアップ」は過剰感作を引き起こし、侵害刺激入力の受容域を拡大するため、結果として自発痛や痛覚過敏(有害刺激に対する過剰反応)を発症します。また、アロディニア(通常痛みとは感じない程度の刺激を痛みと感じる状態)は無害な接触刺激によるAβ 繊維の活性化が原因となっています。末梢部における痛覚異常発症のメカニズムには、一次侵害受容求心神経からの側枝分岐による場合も含まれます。中枢性の痛覚過敏発症のメカニズムは、「ワインドアップ」に加えて以下の要因を含みます。

  1. 脊髄後角第I層と第II層のニューロンの興奮毒性
  2. 太い有髄Aβ求心性神経の分枝の脊髄後角第II層への伸長を特徴とする脊髄後角シナプスの再編成
  3. 脊髄ニューロンの自発的放電
  4. 脊髄視床路ニューロンおよび視床部での閾値の変化

【痛みと痛覚消失の動物モデル】

痛覚刺激に対する応答を評価し、痛みのメカニズムと原因を研究するために開発された侵害受容アッセイとしては、Hot Plate法、Tail Flick法、Randall-Selitto法、酢酸Writhing法などの急性痛のモデルが挙げられます。炎症に伴う痛みに関するテストには、ホルマリン注射やカラゲニン注射があります。神経因性の痛みのテストとしては、座骨神経の損傷(部分的損傷または締め付けによる損傷)や脊髄の損傷が挙げられます。こういった試験のなかには、痛みという複雑な現象の評価に十分に適切ではなく、そのため矛盾した結果を示しうるものもあります24。例えばごく最近まで、Tail Flick法からショックに対する感受性と潜伏期は類似するとされていましたが、矛盾する結果が得られたと報告されています24。また、トランスジェニック「ノックアウト」マウスおよび「ノックイン」マウスが利用できることから、実験用マウスMus musculisを用いた痛みの研究が増加の一途を辿っています。しかしながら、補完効果または他の遺伝子の存在、マウスの系統の違いといった因子の影響が矛盾する結果をもたらしており、この技術の限界が指摘されています25-28。痛みの研究で用いられる行動テストの多くはラットを対象として設計されているため、マウスへの適用には問題が多く存在し、その結果異なる研究グループから矛盾する結果が報告されています28。このような批判にもかかわらず、およそ30種類の変異ノックアウトマウスが生み出され、痛みのメカニズムの研究に用いられて来ました。これらノックアウトマウスの例として、次のような欠損が含まれます。

 

痛み研究のツール

痛みの管理に最も広く用いられて来た薬剤はモルヒネ(1803年に単離)、アスピリン(1899年に開発された非ステロイド系抗炎症薬)ならびに様々な非特異的薬剤(抗痙攣薬抗鬱薬)です。しかしながら、神経因性の痛みはモルヒネなどのオピオイド薬剤には非感受性であり、抗痙攣薬や抗鬱薬で最も改善効果が見られます43非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)は、激しい痛みには改善効果が見られないだけでは無く、消化器系への副作用や出血時間の増大を招きます。痛みの改善効果を少しでも有する薬剤は、広い範囲の神経伝達物質系を標的としています。このような薬剤による調節を受ける受容体は、多くの場合末梢部と中枢神経系の両方で発現されています。痛みの研究は目下、より安全で新しい痛みの緩和法を見出すことを目的として、受容体、イオンチャネル、ならびにそれらの調節因子から構成される複雑な系を対象としています。

ここでは、COX阻害剤、ブラジキニン、オピオイド、ならびにコレシストキニンタキキニンカルシトニン遺伝子関連ペプチド、ガラニンなどの様々な神経ペプチドに関連する分野における最近の研究を解説しています。痛み研究の分野で近年関心が寄せられているカンナビノイド受容体、バニロイド受容体とこれらに対する調節因子に関するレビューに続き、ナトリウムカリウム、およびカルシウムチャネル、P2受容体イオンチャネル型グルタミン酸受容体、最後にニコチン性アセチルコリン受容体について、それぞれの調節因子を概説します。また、その他の潜在的治療標的および鎮痛補助薬に関する研究用製品もご紹介します。

 

参考文献

こちらをご覧ください。

 

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