研究者インタビュー

造血幹細胞の性質を維持する微小環境(ニッチ)を探る

尾松 芳樹 助教 大阪大学大学院 生命機能研究科 幹細胞・免疫発生研究室

造血幹細胞とは、すべての血液細胞と免疫担当細胞に分化でき、さらに自己増殖能をもつ幹細胞のことです。造血幹細胞は骨髄に存在し、隣接する細胞や細胞外マトリクスと相互作用することでその性質が維持されていると考えられています。こうした、造血幹細胞の性質を維持する微小環境はニッチと呼ばれています。尾松芳樹先生(大阪大学大学院 生命機能研究科 幹細胞・免疫発生研究室)は、造血の維持に必須の細胞や、その細胞で発現する転写因子について研究しており、従来の説を覆す成果を多く発表してきました。尾松先生に、これまでの研究の背景や今後の展望について伺いました。

 

ニッチを構成する細胞、そこで発現する転写因子を明らかにする

――現在の研究概要を教えてください。

尾松助教:
骨髄において、造血幹細胞が分化能と自己増殖能を維持するために必須の微小環境(ニッチ)について研究しています。造血幹細胞は、ニッチを構成する細胞と接触することで自己増殖能を維持していると考えられています。私は主にマウスを用いて、ニッチ細胞そのものの性質や、ニッチと造血幹細胞との関係を調べています。

――具体的に、ニッチを構成する細胞とは何なのでしょうか。

尾松助教:
造血幹細胞のニッチについては、まだ全容が解明されていません。従来、骨髄中の骨芽細胞が造血幹細胞に隣接しているとする研究から、骨芽細胞がニッチであると考えられてきました。しかし私たちを含む研究グループの最近の研究より、CXCL12を高発現する細網細胞(CAR細胞)がニッチであるという主張が受け入れられるようになってきました。

――CXCL12やCAR細胞とは何でしょうか。

尾松助教:
CXCL12はサイトカインの一種で、造血に必須であることがわかっています。CAR細胞は、骨芽細胞や脂肪細胞を生み出す間葉系前駆細胞です。

――CAR細胞と造血幹細胞はどう関係しているのでしょうか

尾松助教:
最初に私たちが明らかにしたのは、CAR細胞と造血幹細胞が接触していることでした(図1および参考文献1)。さらに遺伝子改変マウスを用いてCAR細胞を除去すると、骨芽細胞が存在するにも関わらず造血不全に至ることを明らかにしました(参考文献2)。これらの成果は、CAR細胞が造血幹細胞のニッチであることを強く示唆するものでした。

 
図1 骨髄における造血幹細胞とCAR細胞の関係。造血幹細胞は、骨髄内の細胞のうち約10万個に1個しか存在しない。CAR細胞は造血幹細胞と接触することで、造血幹細胞の維持などを担うニッチとしての機能を果たしていると考えられている。

――その後はどのように研究を進めたのでしょうか。

尾松助教:
次に私たちが取り組んだのは、CAR細胞に特異的に発現し、かつニッチとしての機能に必須の遺伝子を探索することでした。そして、転写因子であるFoxc1がCAR細胞特異的に発現していること、さらに胎児期にCAR細胞特異的にFoxc1をノックアウトしたマウスでは造血不全に至るだけでなく、骨髄内でCAR細胞がほとんど消失し、脂肪細胞で埋まるという重篤な表現型を示すことを発見しました(図2)。これらの成果は2014年に『nature』で報告できました(参考文献3)。

 
図2 胎児期にCAR細胞特異的にFoxc1をノックアウトしたマウスにおける骨髄。脂肪細胞を蛍光ラベリングするナイルレッドの蛍光で埋め尽くされているようすがわかる。この写真を撮影する際、骨髄を凍結切片するだけでは脂肪部分が流出してしまうので、あえてホールマウント染色を実施したという。

――この成果のポイントはどこにあるのでしょうか。

尾松助教:
これまでにも、CXCL12やSCF(stem cell factor)などのサイトカインが造血に関与することは多く報告されてきましたが、造血ニッチの形成と維持に必須の転写因子を明らかにしたのは今回が初めてでした。このことが高く評価されたのだと思います。

 

人の縁に助けられたノックアウトマウス解析

――Foxc1に絞り込む際、どのようにスクリーニングをしたのでしょうか。

尾松助教:
マイクロアレイやRT-PCRで遺伝子発現の特異性を調べ、機能面も考慮した上で候補を絞っていきましたが、切りがない仕事でした。候補となる遺伝子のノックアウトマウスを自分たちで作製することもありました。

――やはり、マウスで証明することが大切なのでしょうか。

尾松助教:
それが私たちのストラテジーだからです。in vitroだけでは、はっきりと証明したことにはなりません。ノックアウトマウスの表現型など、in vivoで示すことが大事だと考えています。

――最終的にFoxc1に至ることになったきっかけは何だったのでしょうか。

尾松助教:
Foxc1が候補に挙がったとき、Foxc1のノックアウトマウスを米ノースウェスタン大学の久米准教授との共同研究により提供していただきました。久米准教授はFoxc1のノックアウトマウスを作製した方ですが、実は当研究室の長澤先生とはちょっとした縁があったのです。おかげでやり取りがスムーズにできました。すでにノックアウトマウスが存在していたこと、その表現型がシビアだったことは幸運でしたが、人の縁に助けられたところもあったと思います。

 

複雑な生命現象の解明を主軸に研究を続けたい

 
――今後の展望についてお聞かせください。

尾松助教:
Foxc1は転写因子なので、転写の上流や下流となる因子が存在するはずです。Foxc1を起点として上流因子、下流因子の探索を考えています。また、Foxc1ノックアウトマウスでも、CAR細胞が完全に消失するわけではありません。他にも重要な因子があると考えており、それを明らかにできればと思います。

――尾松先生自身は、どのような研究ビジョンをお持ちでしょうか。

尾松助教:
私がやっている分野は基礎医学です。ただ、私自身は医師ではないので、複雑な生命現象を解明することに主軸を置いて研究を続けたいと考えています。医師とは異なる視点で疾患との関係を追究できればと思います。

――大阪大学は、基礎研究と臨床研究のラボとの接点が比較的多いように感じるのですが、その点はいかがでしょうか。

尾松助教:
それは感じています。ラボ同士で有機的なつながりが多くできていて、新しい人の縁ができているという点では面白いと思います。

 
――その中で応用的な研究は考えているのでしょうか。

尾松助教:
ニッチによる造血幹細胞の制御などが明らかになってくれば、in vitroの系で造血を再現できるようになるかもしれません。現在までに、造血幹細胞を長期に維持する培養系はほとんどありません。CAR細胞の機能が明らかになり、in vitroで成体の骨髄を再現できるような培養系が確立できれば、生命工学的な分野にも貢献できるのではないかと考えています。

――そういったことに興味がある方との協力も面白そうですね。

尾松助教:
そうですね。私が基礎となる土壌を作り、別の方が医療などに発展させて貢献していただければと思います。

――ありがとうございました。


写真左から: 長澤 丘司 先生、尾松 芳樹 先生

シグマ の製品について一言

CAR細胞を単離するときに、細胞外マトリックスを分解するコラゲナーゼType1や、死細胞を処理するDNase1を使っており、これらは欠かせない酵素となっています。また、造血幹細胞をラベリングするために生細胞蛍光ラベル用キットであるPKH26も使用しています。またFoxc1ノックアウトマウスの骨髄で、CAR細胞が消失して脂肪細胞で埋め尽くされるようすを示すときには、脂肪細胞を蛍光ラベリングするナイルレッドを使用しました。

プロフィール

尾松 芳樹 助教
大阪大学大学院 生命機能研究科 幹細胞・免疫発生研究室

博士(生命科学)。平成12年、京都大学理学部卒。平成17年、京都大学大学院生命科学研究科(稲葉カヨ研究室)にて博士号取得。平成18年、京都大学再生医科学研究所(長澤丘司研究室)にてポスドクを経て助教。平成28年1月に長澤研究室が大阪大学に異動したことに伴い、平成28年4月より現職。

参考文献:

  1. Sugiyama T, Kohara H, Noda M, Nagasawa T.: Maintenance of the hematopoietic stem cell pool by CXCL12-CXCR4 chemokine signaling in bone marrow stromal cell niches. Immunity 25 (6), 977−988, 2006
  2. Omatsu Y, Sugiyama T, Kohara H, Kondoh G, Fujii N, Kohno K, Nagasawa T.: The essential functions of adipo-osteogenic progenitors as the hematopoietic stem and progenitor cell niche. Immunity 33 (3), 387−399, 2010
  3. Omatsu Y, Seike M, Sugiyama T, Kume T, Nagasawa T.: Foxc1 is a critical regulator of haematopoietic stem/progenitor cell niche formation. Nature 508, 536−540, 2014