研究者インタビュー

アルツハイマー病における神経細胞死のメカニズムを探る

星 美奈子 特定准教授
京都大学大学院医学研究科 生体構造医学講座 形態形成機構学分野 アルツハイマー病創薬基盤プロジェクト
(公益財団法人 先端医療振興財団 客員上席研究員 兼任)

アルツハイマー病は、認知症の最も一般的な原因の疾患として知られていますが、その発症機序は未だに解明されておらず、治療薬の開発は難航しています。星美奈子先生(京都大学大学院医学研究科 生体構造医学講座 形態形成機構学分野 特定准教授)は、アミロイドβの凝集体であるアミロスフェロイドの発見を機に、神経細胞死を引き起こす機序の解明に挑んでいます。星先生に、これまでの研究の背景や今後の展望について伺いました。

アミロイドβ凝集体が神経細胞死、アルツハイマー病を引き起こす

――現在の研究概要を教えてください。

星特定准教授:
私は20年以上、アルツハイマー病の研究を続けています。アルツハイマー病の患者の脳では、繊維状につながったアミロイドβが老人斑として沈着することで、神経細胞死が起きると考えられていました。ところが私が神経病理を学んでいたときに、老人斑が見られるすぐそばにも正常な神経細胞があることを見つけ、別のしくみがあるのではないかと考えるようになりました。そうして見つけたものがアミロスフェロイド(ASPD)です(参考文献1)。

――ASPDとは何でしょうか。

星特定准教授:
ASPDは、アミロイドβが約30個凝集したものです。アミロイドβ単体では毒性がないのですが、30個凝集したASPDになることで強い神経毒性をもつことがわかりました。さらに、ASPDによる神経細胞死は、神経細胞に分化した直後の神経では起きず、成熟しネットワークを形成した神経では起きることも明らかになりました。

――ASPDはヒトのアルツハイマー病患者にも存在するのでしょうか。

星特定准教授:
ASPDに特異的な抗体を作製して、患者にASPDが存在することも確かめています。そして次に浮かんだ疑問は、なぜASPDが神経細胞死を引き起こすのかという分子メカニズムでした。

――神経細胞の細胞膜に、ASPDが作用する受容体があるということでしょうか。

星特定准教授:
過去のデータからそう考えるのが自然でした。ただ、受容体となる膜タンパク質の探索は一筋縄ではいきません。通常のタンパク質の探索が晴れた日のマラソンだとしたら、膜タンパク質の探索はどしゃ降りの中のマラソンと例えられるくらいです。その中で見つけたものがナトリウムカリウムATPase α3(NAKα3)でした(参考文献2)。

――NAKα3とASPDは、神経細胞死にどう関係するのでしょうか。

星特定准教授:
NAKα3は、神経細胞のプレシナプス側に主に存在し、ナトリウムイオンとカリウムイオンを入れ替えることで、神経細胞の膜電位をマイナス70 mVに維持しています。ASPDはNAKα3に結合しその機能を阻害するので神経細胞の膜電位が上昇します。それによりカルシウムイオンが神経細胞内に大量に流入し、神経細胞死が引き起こされます。

――ASPDはNAKα3にどう作用するのでしょうか。

星特定准教授:
ASPDはNAKα3のイオン透過性に関わる特定の細胞外部位に結合しているようです。NAKα3は、NAKα3とNAKβ1のヘテロ4量体で1つのポンプを作っていますが、このヘテロ4量体1つにASPDが1つ結合しています。ヘテロ4量体の中心が穴になっているのですが、その直径がASPDの直径よりやや大きいくらいで、ASPDはそこにはまり込んでいるようにイメージしています。

――論文ではASPDの神経毒性を抑える方法も提案されていますね。

星特定准教授:
ASPDはNAKα3 ASPDに結合するペプチドが、ASPDとNAKα3の結合を阻害することで神経細胞死を防ぐことを示しました(図1)。ASPDによる神経細胞死のメカニズムを発見し、それを阻害するペプチドを見つけるところまでできました。低分子ドラッグの開発も十分可能ではないかと考えています。

図1 ASPDがNAKα3と結合することで、プレシナプス側の神経細胞で膜電位が変化して細胞死が引き起こされる。さらにASPDと結合するペプチドが、ASPDとNAKα3との結合を阻害することで、神経細胞死を阻止できることがわかった。【図:星 美奈子博士 提供】

論文のリバイズのやりとりはエディターと仲よくなるほど

――実験や論文化するときに苦労したことや、印象に残っていることがあれば教えてください。

星特定准教授:
臨床と直接関係する分野であるため、どうしてもデータが多くなります。論文を投稿したときも、「図表が多い」とエディターによく言われます。紙媒体のジャーナルではページ数の制限もあるので、本文や図表をどこまで削って残すのか、エディターとひんぱんにやり取りしたことを覚えています。

――それはリバイズの段階のやり取りですか。

星特定准教授:
リバイズするときなど、審査の途中の話です。何度も直接電話しているうちに、エディターと仲よくなってしまいました。電話をかけると「またお前か」と言われたこともありました。

――苦労して書いた論文が発表されてからの反響はいかがでしょうか。

星特定准教授:
反響はかなり大きかったです。昨年はケンブリッジ大学のセッションに呼ばれ、今年はゴードン会議に招待されました。

――以前からNAKα3とアルツハイマー病との関係は注目されていたのでしょうか。

星特定准教授:
NAKα3は他のナトリウムカリウムATPaseと合わせて、神経細胞中のATPの7割を使用しているといわれています。そのため神経細胞のマーカーとして使われることはありましたが、疾患との関連における研究は殆どありませんでした。米国最大の神経科学学会のSociety for Neuroscienceでも、10年前は1万2000件ある演題のうちNAKα3に関係した発表は1グループだけでした。

――今ではいかがでしょうか。

星特定准教授:
NAKα2の1アミノ酸変異が家族性偏頭痛と関連するという報告(参考文献3)があってから、ナトリウムカリウムATPaseと疾患との関連に注目されていると感じます。特に海外における注目度は高いです。

――医療関係者からも注目されているのでしょうか。

星特定准教授:
MACメディカルという、医療関係者コミュニティのシンポジウムに招待されましたが、かなり興味をもっていただきました。

技術顧問としてベンチャー企業に関わる

――ベンチャー企業であるTAOヘルスライフファーマの技術顧問もされていますが、そのいきさつを教えてください。

星特定准教授:
TAOヘルスライフファーマ株式会社は、アルツハイマー病の治療薬開発に向けた研究を行う京都大学発ベンチャーです。きっかけは、私が三菱化学生命科学研究所に在籍していたときに成立した知的財産権です。ASPDの抗体も含まれているのですが、それを活用するためにTAOヘルスライフファーマ株式会社を創業しました。ベンチャー企業は、共同研究するときの契約面などでフットワークが軽いという利点もあります。元銀行員の父が代表を務め、私は技術顧問というかたちで携わっています。

――具体的にはどのような活動を行っているのでしょうか。

星特定准教授:
アルツハイマー病の治療薬開発に向けた研究です。そのための測定系の構築も行っています。例えば、ASPDとNAKα3との結合を証明する実験では表面プラズモン共鳴(SPR)分光法を用いたのですが、この実験系を確立し実施したのはTAOヘルスライフファーマ株式会社です。

――共同研究というかたちになっているのでしょうか。

星特定准教授:
基礎研究部分についてはそうです。TAOヘルスライフファーマ株式会社では、今回掲示したメカニズムに従ってアッセイ系を治療薬開発に向けて構築しています。そこで確立した系を、私たちも利用させて貰っている関係です。先端医療振興財団(神戸・ポートアイランド)の建物の中にあるので、場所も近いので何かと便利です。

――星先生がベンチャー企業と関わっているのを見て、ベンチャー企業に興味をもつ先生は多いのでしょうか。

星特定准教授:
一緒に研究をやっていた先生の中には、ベンチャー企業を立ち上げた先生もいます。私がやっているのを見て、ベンチャー企業のイメージができたからかもしれません。

――他にはどのような仕事をされているのでしょうか。

星特定准教授:
大事な仕事のひとつに、厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)の指導のもと、ガイドライン策定に向けて研究するということがあります。抗体薬などの新しいジャンルの治療薬が登場したときに、どのような基準で考えればいいのか、お互いに情報提供するようにしています。薬事申請などがスムーズに行われることで、安全で有効な治療薬を早く患者に届けるように努力しています。

違う技術をもつ人を巻き込む

――今後の展望についてお聞かせください。

星特定准教授:
ASPDが神経細胞死を引き起こすメカニズムはわかったのですが、そもそもASPDが形成されるしくみは不明のままです。アルツハイマー病が発症する根本となるところなので、ASPDの形成機序を明らかにしたいと考えています。

――かなりチャレンジングなテーマだと思いますが、どのようにアプローチしていこうとお考えでしょうか。

星特定准教授:
どの分析技術も完璧ではないので、いろいろな技術で補完することが大事だと考えています。そのためには多くの人を巻き込まないといけません。シンポジウムなどに招待されたとき、自分と全然違う技術をもっている人に自分の研究内容を話すようにしています。アルツハイマー病の研究には多くの人が興味をもっていただけるので、実験内容に応じて協力できればと思います。

――応用研究に興味をもつ方は多いようですね。

星特定准教授:
でも、基礎研究をやることも必要です。今の私の研究は18年前に始まったのですが、そのときは基礎的なバイオロジーでした。それが低分子ドラッグの開発になり、ケミストリーにシフトしつつあるのが現在です。やがて具体的な治療につながっていくでしょう。しかしながら、この流れは基礎がしっかりあるからこそ成り立ちます。基礎研究は家の土台のようなものです。土台が弱い、見かけだけの建物はすぐに崩れます。基礎研究という土台を常に意識する必要があると考えています。

――ありがとうございました。

シグマ の製品について一言

成熟した神経細胞のマーカーであるMAP2やGFAPのモノクローナル抗体を使用しています。神経細胞死の測定には、ロシュブランドの細胞死検出ELISAキットを使用しています。

プロフィール

星 美奈子 特定准教授
京都大学大学院医学研究科 生体構造医学講座 形態形成機構学分野 アルツハイマー病創薬基盤プロジェクト
(公益財団法人 先端医療振興財団 客員上席研究員 兼任)

東京大学にてMAPキナーゼの発見で博士号を取得。その後、国立精神・神経センターでショウジョウバエ高次中枢機能を研究し、次の三菱化学生命科学研究所において、アルツハイマー病の神経細胞死機構を解明するプロジェクトを主任研究員として推進。JSTポスドク参加型さきがけ研究者も勤めた。三菱化学生命科学研究所の解散後、2009年より京都大学医学研究科に移り、アルツハイマー病の発症機構の解明と臨床応用研究を進めている。

参考文献:

  1. Hoshi M, Sato M, Matsumoto S, Noguchi A, Yasutake K, Yoshida N, Sato K.: Spherical aggregates of beta-amyloid (amylospheroid) show high neurotoxicity and activate tau protein kinase I/glycogen synthase kinase-3beta. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 100 (11), 6370−6375, 2003
  2. Ohnishi T, Yanazawa M, Sasahara T, Kitamura Y, Hiroaki H, Fukazawa Y, et al.: Na, K-ATPase α3 is a death target of Alzheimer patient amyloid-β assembly. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 112 (32), E4465−4474, 2015
  3. De Fusco M, Marconi R, Silvestri L, Atorino L, Rampoldi L, Morgante L, et al.: Haploinsufficiency of ATP1A2 encoding the Na+/K+ pump alpha2 subunit associated with familial hemiplegic migraine type 2. Nature Genetics 33, 192−196, 2003