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研究者インタビュー

腫瘍血管内皮細胞の異常性と特異性を探る

樋田 京子 特任准教授 北海道大学 遺伝子病制御研究所 フロンティア研究ユニット 血管生物学研究室

日本人の死因第1位であるがんの進展には、血管が欠かせません。がん細胞は、増殖に必要な酸素や栄養を供給するために、異常な血管新生を誘導します。樋田京子先生(北海道大学 遺伝子病制御研究所 フロンティア研究ユニット 血管生物学研究室)は、腫瘍内にある血管内皮細胞に注目し、その異常性や特異性について研究を続けています。樋田先生に、これまでの研究の背景や今後の展望について伺いました。

 

がん細胞が誘導する異常な血管新生に注目する

――現在の研究概要を教えてください。

樋田特任准教授:
がん組織の中にある血管内皮細胞「腫瘍血管内皮細胞」の異常性を明らかにすることです。がん細胞は血管を通じて酸素や栄養を受け取ろうとするため、血管新生を誘導します。こうして形成された腫瘍血管内皮細胞と、正常血管内皮細胞の違いを明らかにして、がん治療に応用することを目的として研究しています。

――血管新生はがん治療で注目されている現象なのでしょうか。

樋田特任准教授:
がんが誘導する血管新生を阻害してがんを治療する方法は「血管新生阻害療法」と呼ばれています。小児外科医のFolkman博士が1971年に提唱したものです。この考えをもとに開発された血管新生阻害剤がベバシツマブ(商品名アバスチン)です。アバスチンは、血管新生に関与する糖タンパク質のひとつである血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の中和抗体です。がんではVEGFが過剰分泌されているため、抗VEGF剤によってがんの成長を抑えるのです。また、VEGFは血液の透過性にも関わっています。抗VEGF剤によって血管からの血しょうの漏れが軽減され、がん組織の内圧が減少して血流が改善されます。放射線療法の効果が増強されたり、薬剤を効率的に送達したりできます。

――夢のような薬ですね。

樋田特任准教授:
確かにアバスチンは、抗がん剤の売上で世界トップクラスに位置するブロックバスターとなりました。がん治療の世界ではパラダイムシフトのひとつと言えるでしょう。ところがアバスチンにも、副作用や薬剤耐性の問題があるのです。また、過剰な抗VEGF剤はがんの虚血につながり、がんの湿潤や転移といった悪性化を引き起こす場合もあります(図1、参考文献1)。そこで、VEGF以外の標的の探索、および創薬に向けた研究が必要であるという認識が広がっています。

図1 血管新生阻害療法の概要。アバスチンを始めとする抗VEGF剤は、血管新生を阻害することでがんを「兵糧攻め」にする。また、腫瘍の異常な血管を正常化させることで、放射線療法の効果増強、薬剤の効率的な送達も期待できる。しかし過剰な抗VEGF剤は虚血につながり、がんを悪性化させる可能性がある。

 

腫瘍血管内皮細胞の染色体異常を明らかにした

――その認識の中で、なぜ腫瘍血管内皮細胞に注目しているのでしょうか。

樋田特任准教授:
血管研究にはヒトの臍帯静脈などが使われていますが、腫瘍血管を扱った研究は、私がマウスから分離培養に成功した2004年以前にはありませんでした。当時、正常血管と腫瘍血管の形態学的な特徴に差異があることは、病理学的な知見から明らかでした。しかしながら、それをもたらす細胞の機能異常や機序と結びつけることはできていませんでした。新しい血管新生阻害療法を開発するためには、まずは腫瘍血管内皮細胞の異常性を明らかにする必要があると考えています。

――腫瘍血管内皮細胞ではどのような異常性があるのでしょうか。

樋田特任准教授:
これまでにさまざまな異常性を明らかにしてきました。2004年、最初にマウスの腫瘍血管内皮細胞を分離培養したとき、同時に報告したのが染色体異常でした(図2、参考文献2)。この結果は、腫瘍血管内皮細胞と正常血管内皮細胞が明らかに異なるという決定的な証拠のひとつです。

図2 腫瘍血管内皮細胞における染色体異常。(左)正常血管の内皮細胞(EC)と腫瘍血管ECの染色体。腫瘍血管ECでは染色体の本数に明らかな異常が見られる。(右)腫瘍血管ECにおける染色体の多色FISH。矢印は、染色体の転座を示す。

――染色体異常とは驚きですね。

樋田特任准教授:
私にとってもショッキングな事実でした。後に、ヒトの腫瘍血管内皮細胞でも同様の異常があることが示されました(参考文献3)。

――他にも腫瘍血管内皮細胞の異常性はあるのでしょうか。

樋田特任准教授:
多くの特徴がわかっています。例えば、がん幹細胞で発現が高いリン酸化タンパク質P-glycoproteinの発現が、腫瘍血管内皮細胞においても亢進します(参考文献4)。P-glycoproteinは、パクリタキセルという抗がん剤の耐性と関連することがわかっています。

――薬剤耐性の機序を明らかにする上で重要な発見ですね。

樋田特任准教授:
それだけでなく、腫瘍血管内皮細胞が幹細胞性を有していることを示唆する結果でもあります。腫瘍血管内皮細胞では、P-glycoprotein以外の幹細胞マーカーの発現が高く、骨分化能を有していることも明らかにしました(参考文献5)。

――腫瘍血管内皮細胞の異常性は、がんの悪性度によって変わるのでしょうか。

樋田特任准教授:
そう考えています。低転移性よりも高転移性がんのほうが、腫瘍血管内皮細胞の染色体異常、薬剤耐性、幹細胞性が顕著になることがわかっています(参考文献5)。腫瘍血管内皮細胞からがんの悪性度がわかれば、治療モニタリングに利用できるかもしれません。

―臨床に応用できる可能性を秘めているのですね。

樋田特任准教授:
これらの研究はマウス細胞のin vitro実験から始まったのですが、ヒトの臨床現場で起きていることの知見の一部をつかめるものであると、今では実感しています。腫瘍血管内皮細胞の分離培養に取り組んでいたとき、「正常血管内皮細胞と何も違わないかもしれない」と言われたこともありましたが、やはりやってみないとわかりません。

 

 

研究者としての道を歩むきっかけとなったデータ

――ところで、どのように腫瘍血管内皮細胞を分離培養するのでしょうか。

樋田特任准教授:
マウス皮下にヒト腫瘍を移植し、ホストから形成される血管を分離培養します。つまり、マウスの細胞を扱うことになります。

――分離培養でどの点が難しかったのでしょうか。

樋田特任准教授:
血管内皮細胞の異常性を示すときには、移植されたヒト腫瘍細胞のコンタミではないことを証明しなければいけません。それが肝でした。

――どう証明したのでしょうか。

樋田特任准教授:
ジフテリア毒素がヒトとマウスで有毒性が異なることを利用しました。当時、私が所属していたラボで、ジフテリア毒素のレセプターである膜結合型HB-EGFが発見されていました。ジフテリア毒素は、ヒトのHB-EGFに結合して毒性を有しますが、マウスのHB-EGFはアミノ酸配列が異なるため結合できず、毒性を有しません。そこで、採取した組織のサブカルチャー細胞群をジフテリア処理することで、ヒト腫瘍のみを死滅させ、マウス由来の腫瘍血管内皮細胞を取り出すことにしました。

――そうして腫瘍血管内皮細胞で染色体異常を発見したのですね。

樋田特任准教授:
染色体異常の証明にも苦労しました。血管内皮細胞内で染色体異常があることを示すには、免疫染色とFISHを同一試料で行う必要があります(図3)。ところが、FISHには熱処理やProtainase K処理があるため、免疫染色でラベルしたシグナルが消えたり、手順を逆にしてもFISHのシグナルが消えたりと、両方のシグナルを同時に検出できずにいました。

 図3 腫瘍ECにおける17番染色体(左)と中心体(右)のFISH。1つの細胞内に3つ以上の蛍光のドットが観察できる。

――では、どのようにして図3の画像を取得できたのでしょうか。

樋田特任准教授:
当時はポスドクとしてハーバード大学に留学していたのですが、他のラボで免疫染色とFISHの同時染色をやっている方がいると聞いて、技術を習いに行きました。結果的に、この写真を撮るのに半年くらいかかりました。 

――かなり苦労されたのですね。

樋田特任准教授:
でも、研究者として独立する前のポスドク時代に経験できたので、いいトレーニングになったと今では思っています。この写真を見る度に、そのことを思い出します。研究を続けようと考えるきっかけとなった、思い出深いデータです。

 

腫瘍血管内皮細胞の異常性を引き起こす機序を明らかにしたい

――今後の展望についてお聞かせください。

樋田特任准教授:
腫瘍血管内皮細胞の異常性を引き起こす機序に興味をもっています。マウス皮下にヒト腫瘍を移植すると、わずか4週間で血管内皮細胞は異常性を示します。これは驚くべきことです。

――がんが何らかの影響を与えているということでしょうか。

樋田特任准教授:
私たちはがん由来のエクソソームに注目しています。エクソソームが血管内皮細胞に取り込まれることは観察されています。エクソソームに含まれているmiRNA、mRNA、タンパク質などが血管内皮細胞にどのような影響を与えるのか、研究を進めています。

――がんの診断薬や治療薬の開発についてはいかがでしょうか。

樋田特任准教授:
プロテオグリカンの一種であるBiglycanに注目しています。腫瘍血管内皮細胞は低酸素環境下にあり、活性酸素(ROS)が蓄積するのですが、BiglycanはROSによって発現が誘導されます。Biglycanを診断マーカーとして利用できないか、検討しています。また、ドラッグデリバリーシステム(DDS)についても、薬学分野と共同研究を通じて開発を進めています。腫瘍血管内皮細胞を標的とした新たな治療法につなげたいと考えています。

――ありがとうございました。

シグマの製品について一言

血管内皮細胞を採取するときにHBSSを使用しています。通常の細胞の洗いではPBSを使うことが多いのですが、HBSSのほうが細胞の生存率がよいため、HBSSを使用しています。私たちの研究では培養が肝となるので、培養関連試薬の品質が信頼できるものであることが重要です。
また、loss of functionの実験ではsiRNAを使用しています。SigmaのMISSION siRNAはターゲット遺伝子ごとに配列が決まっており、選びやすいと思います。

プロフィール

樋田 京子 特任准教授
北海道大学 遺伝子病制御研究所 フロンティア研究ユニット 血管生物学研究室

1992年~北海道大学歯学部卒業,口腔外科医.
1998年~歯学博士取得. 日本学術振興会研究員
2001年~ハーバード大学小児病院Vascular Research Program(Judah Folkman博士主宰)研究員・助手
(’02 –’04年 日本学術振興会海外特別研究員)
2004年~同助手.
2005年~北海道大学歯学研究科口腔病理・助手
2009年~血管生物学研究室・特任准教授(独立)
2014年より現職.

参考文献:

  1. Jain RK.: Normalization of tumor vasculature: an emerging concept in antiangiogenic therapy. Science 307 (5706), 58−62, 2005
  2. Hida K, Hida Y, Amin D, Flint A, Panigrahy D, Morton C, Klagsbrun M.: Tumor-associated endothelial cells with cytogenetic abnormalities. Cancer Research 64 (22), 8249−8255, 2004
  3. Akino T, Hida K, Hida Y, Tsuchiya K, Freedman D, Muraki C, Ohga N, Matsuda K, Akiyama K, Harabayashi T, Shinohara N, Nonomura K, Klagsbrun M, Shindoh M.: Cytogenetic Abnormalities of Tumor-Associated Endothelial Cells in Human Malignant Tumor. The American Journal of Pathology 175 (6), 2657−2667, 2009
  4. Akiyama K, Ohga N, Hida Y, Kawamoto T, Sadamoto Y, Ishikawa S, Maishi N, Akino T, Kondoh M, Matsuda A, Inoue N, Shindoh M and Hida K.: Tumor endothelial cells acquire drug resistance by MDR1 upregulation via VEGF signaling in tumor microenvironment. The American Journal of Pathology 180 (3), 1283−1293, 2012
  5. Ohga N, Ishikawa S, Maishi N, Akiyama K, Hida Y, Kawamoto T, Sadamoto Y, Osawa T, Yamamoto K, Kondoh M, Ohmura H, Shinohara N, Nonomura K, Shindoh M, Hida K.: Heterogeneity of Tumor Endothelial Cells: Comparison between Tumor Endothelial Cells Isolated from Highly Metastatic and Low Metastatic Tumors. The American Journal of Pathology 180 (3), 1294−1307, 2012