研究者インタビュー

血管内皮細胞の恒常性を維持するアクセル/ブレーキ機構を探る

南 敬 教授 熊本大学 生命資源研究・支援センター 表現型解析分野

がんを始めとする多くの疾患には血管が関与しており、血管の性質を知ることは医学的アプローチを試みる上で欠かせません。南敬先生(熊本大学 生命資源研究・支援センター 表現型解析分野)は、血管内皮細胞における恒常性維持のフィードバック機構やエピゲノム変化に注目して研究を続けています。特にがんの悪性化に伴う再発・転移を考えるときには、血管新生を始めとする血管動態、さらには微小環境(ニッチ)の研究が不可欠です。南先生に、これまでの研究の背景や今後の展望について伺いました。

 

ダウン症とがんの関係で明らかになったフィードバック機構

――現在の研究概要を教えてください。

南教授:
血管新生に関わる分子メカニズムを、特に血管内皮細胞増殖因子(VEGF)シグナル下流におけるフィードバック機構やエピゲノム変化に注目して研究を行っています。

――フィードバック機構とは具体的にどのようなものでしょうか。

南教授:
血管内皮細胞ではVEGFシグナルによってカルシニューリンが活性化されます。すると、Nuclear Factor for Activated T cells (NFAT)が脱リン酸化され、核内に移行します。NFATは転写因子として機能し、血管内皮細胞の増殖、炎症、血管新生を促します。つまり、NFATは血管新生におけるアクセル因子といえます。

しかし、NFATが血管新生などを恒常的に強く誘導し続けると、血管内皮は不安定になります。そこで、NFATを適切に制御する負のフィードバックがあると考えました。

――負のフィードバックに関わる因子は何でしょうか。

南教授:
われわれは、NFATによって発現が誘導され、カルシニューリンの活性を抑制するダウン症因子DSCR-1を発見しました(図1、2、参考文献1)。

図1 VEGFなどの刺激を介してカルシニューリンは活性化され、NFATを脱リン酸化させる。脱リン酸化したNFATは核内に移行し、内皮細胞の増殖、炎症、血管新生を促す。しかし同時にDSCR-1が発現誘導され、カルシニューリンの活性を阻害することで負のフィードバックとして機能する。こうして内皮細胞内では適切な制御が行われている。

 

図2 マウスにマトリゲルプラグを埋め込み、アデノウイルスベクターによってDSCR-1を安定発現させると、ゲルへの血管湿潤が抑制され(写真上)、血管遊走の阻害が組織切片から観察される(写真下)。

 

マウスでDSCR-1を安定発現させると、血管の分岐異常や発育不全が生じることも明らかにしました(図3)。これらの結果から、DSCR-1がブレーキ因子として機能することで、抗血管新生作用が導かれると考えられます。

図3 マウスでDSCR-1を安定発現させると、脳や心臓で血管分岐の異常が観察される。

――DSCR-1は、ヒトの21番染色体にコードされている因子です。ダウン症との関連はあるのでしょうか。

南教授:
実は以前から、ダウン症患者は固形がんにかかりにくいという疫学的な知見がありました。ダウン症は21番染色体トリソミーを原因とします。ダウン症患者ではDSCR-1が健常者よりも強く発現しており、それが固形がんの発症率低下につながっているのではないかと考えました。

――それが2009年に『nature』に掲載された論文ですね(参考文献2)。

南教授:
そうです。われわれはダウン症のモデルマウス(ヒトの21番染色体に相当する16番染色体がトリソミー)を用いて実験を行いました。ダウン症のモデルマウスでは固形がんが全く観察されないこと、3つあるDSCR-1遺伝子のうちの1つをノックアウトすると固形がんの発生率が有意に上昇することがわかりました。

また、ダウン症患者のiPS細胞から作られたテラトーマでは、健常者に比べて微小血管の密度が低いことも、DSCR-1が血管新生を負に制御する因子であることを示唆する証拠となりました。

――NFATによるアクセルと、DSCR-1によるブレーキのバランスが重要だということでしょうか。

南教授:
そう考える興味深い現象があります。ダウン症患者の男性は不妊なのですが、哺乳類で精子幹細胞を維持する微小環境には血管内皮があり、NFATの活性が重要であることが知られています。詳細は検証しないとわかりませんが、ダウン症患者では強く発現するDSCR-1によってNFATの活性が抑制されているため、不妊になるのかもしれません。

NFATによるアクセルと、DSCR-1によるブレーキの機序をより深く理解することで、新たな抗血管新生薬の開発、あるいは不妊などの様々な疾患の理解につながると期待しています(図4)。

図4 NFATによるアクセルと、DSCR-1によるブレーキの概念図。正常な血管内皮細胞では両者のバランスが取られていると考えられる。

 

転移肺がんにおけるアクセル因子を探索する

――血管研究で着目している特定の臓器や組織はあるのでしょうか。

南教授:
血管は全身に存在しますが、その性質は臓器や組織によって異なります。これはheterogeneityと呼ばれており、がん転移などを考える上で無視できません。

例えば、全臓器の中で最も血管密度が高く、VEGF発現量が高いのは肺です。一方、肺以外の部位で発生した原発腫瘍では、VEGF発現量は高いのですが、血管量が不十分なため、NFATの過剰活性によって血管内皮が不安定になります。そのため、血管量の多い肺に転移しやすいのではないかと考えられます。

実際、転移肺がんではNFATの核内移行が高頻度に見られ、それに伴うDSCR-1の発現も高いことがわかりました。さらにDSCR-1ノックアウトマウスでは、原発腫瘍の大きさに関わらず、肺転移が野生型よりも早期に起きることも明らかにしました(参考文献3)。

――肺がんへの転移では何が起きているのでしょうか。

南教授:
われわれは肺血管内細胞において、VEGFが誘導し、DSCR-1が発現抑制する因子を網羅的に探索しました。その結果、分泌タンパク質Angiopoietin-2(ANG-2)が候補に挙がりました。

――ANG-2は転移肺がんで何をしているのでしょうか。

南教授:
ヒトの転移肺がんの血管内皮細胞では、原発肺がんよりもANG-2の発現が有意に高いのです。
ANG-2は転移肺がんのアクセルとして機能する可能性が考えられます。具体的には、転移肺がんの微小環境に寄与しているのかもしれません。

さらに、転移モデルマウスでANG-2発現を阻害すると、肺へのがん転移を抑制できることもわかりました。転移抑制剤の開発につながる成果だと考えています。

 

エピゲノム制御の観点から血管のheterogeneityを解明したい

――血管のheterogeneityは何に由来するのでしょうか。

南教授:
環境要因によるエピゲノム制御が原因にあると考えています。われわれはin vitro条件下のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)において、VEGF刺激によるエピゲノム変化を全ゲノムにわたって解析しました。

その結果、VEGF刺激からわずか5分以内にクロマチン構造が変化し、急性期応答転写因子群が一過的に発現し、NFATの核内移行などによって血管新生が促進されることがわかりました(参考文献4)。

――急激に変化できることは、生物学的にはどのような意義があるのでしょうか。

南教授:
例えるなら、普段はアイドリング状態を維持しており、VEGF刺激によって瞬時に活性化できるように備えているからだと考えられます。

VEGF刺激によるクロマチン構造の変化については、さらに詳細に解析しており、生物学的意義に迫る興味深い結果が得られています。早く論文として報告できるように準備しています。

――エピゲノム解析を行うとき、困難などはあるのでしょうか。

南教授:
実験そのものというよりも、血管分野でエピゲノムに精通する人が少なくて苦労しています。論文を投稿するときに、エディターやレビュアーからエピゲノム解析の実験手法の意義について疑問を投げかけられることも少なくありません。

――なぜエピゲノムの理解が進んでいないのでしょうか。

南教授:
血管研究ではin vivo実験が重視されているからかもしれません。もちろん個体の表現型で検証することは重要です。しかし生体内の血管内皮細胞は時空間的に複雑な環境下にあり、システム的な解析が困難です。

それに対して、in vitro条件下では系を単純化でき、網羅的な解析が可能になります。血管研究では、in vivoの表現型解析とin vitroのシステム論的解析を組み合わせることが重要だと考えています。

 

ブレーキシステムの破綻からがん転移を考える

――今後の展望についてお聞かせください。

南教授:
がんが転移するしくみを、ブレーキシステムの破綻という側面から解明することに取り組んでいます。がんは血管やリンパ管などを通じて転移します。そこでは内皮活性化に変化が生じている、おそらくDSCR-1によるブレーキシステムが破綻して、がんの微小環境が形成されていると考えています。

その理由について、エピゲノム変化など、いくつかの仮説のもと検証しています。

――他に興味をもっている分野には何がありますか。

南教授:
運動することで血管を正常化できるのではないか、という仮説を考えています。実際、乳がんを発症したマウスに運動をさせると腫瘍サイズが小さくなり、抗がん剤も効きやすくなります。

腫瘍では、血管内皮細胞が間葉系細胞様に変化するEndMT(Endothelial cell-mesenchymal transition)が起きていると考えられています。運動して血流を増加させることで、EndMTが起きている細胞で血管が正常化するのかもしれません。

ただ運動に限らず、血管正常化は重要なキーワードだと考えています。血管正常化に着目した研究にも取り組んでいきたいと思います。

――昨年度から熊本大学に研究の場を移しましたが、環境はいかがでしょうか。

南教授:
熊本大学には動物資源開発研究施設があり、遺伝子改変マウスの作製も請け負っています。モデルマウスを使う研究がスムーズに行えています。

また、発生医学研究所とはお互いの機器をシェアするなど、良好な関係を築いています。さらに、昨年発足した国際先端医学研究機構(IRCMS)には優秀な研究者が集まっており、よいコミュニティができています。ここから新しい研究のアイデアを生み出したいと思います。

――ありがとうございました。

シグマの製品について一言

血管壁細胞を免疫染色するときの抗αSMA抗体や、細胞骨格を免疫染色するときのβアクチン、チューブリンの抗体を使っています。あると嬉しいと思うのは、血管内皮細胞向けの培養液、血管新生が可視化できるキットです。検討していただければと思います。

プロフィール

南 敬 教授
熊本大学 生命資源研究・支援センター 表現型解析分野

1998年 阪大で学位取得
同年 長く過ごした大阪から離れてボストン MIT に留学
2000 年 ハーバード大学医学部・ベスイスラエル病院研究員も兼担
2002 年 instructor position に惹かれつつ帰国、東大先端研システム生物医学特任准教授
2011 年 東大先端研血管生物学分野特任教授
2015年 熊本大学に引っ越して被災—現在復旧努力中
被災後の研究室見学受け付けます。生命科学の学生・大学院生大募集しています。

 

編集後記

南先生が東京大学から熊本大学に赴任して2ヶ月ほど経った2016年(平成28年)4月14日に熊本地震の前震、16日に本震が発生しました。ほぼあらゆる実験機器は床に転がり落ち、実験台の上に設置していた試薬棚まで倒壊しました。また、研究室は4階と5階にあるのですが、水道管が破裂して、床は高さ数センチにまで水没しました。

幸い、地震発生時に研究室に人はおらず、けが人はいませんでしたが、安全のため遠心機は回転速度を制限しており、また修理不可能な顕微鏡、電力供給できずに廃棄せざるをえない冷蔵・冷凍物の試薬類など、大きな被害が生じました。実験室の壁はところどころひび割れ、場所によっては壁に穴が空いた状態ではありますが、「復興の予算はここには回ってこないだろうし、困ったものです」と南先生は嘆かれていました。ようやく新体制で研究に専念できると準備を進めていた矢先に、地震により出足をくじかれたかたちとなってしまいました。

われわれが取材に伺ったのは6月下旬で、地震から約2カ月後のことでした。地震の片付けに一定の目処が付き、100%とは言えませんが、なんとか実験が開始できる体制になりつつあるようでした。地震という大きな谷を越え、血管新生研究が羽ばたくことを祈念いたします。

参考文献:

  1. Minami T, Murakami T, Horiuchi K, Miura M, Noguchi T, Miyazaki J, Hamakubo T, Aird WC, Kodama T.: Interaction between hex and GATA transcription factors in vascular endothelial cells inhibits flk-1/KDR-mediated vascular endothelial growth factor signaling. The Journal of Biological Chemistry 279, 20626−20635, 2004
  2. Baek KH, Zaslavsky A, Lynch RC, Britt C, Okada Y, Siarey RJ, Lensch MW, Park IH, Yoon SS, Minami T, Korenberg JR, Folkman J, Daley GQ, Aird WC, Galdzicki Z, Ryeom S.: Down's syndrome suppression of tumour growth and the role of the calcineurin inhibitor DSCR1. Nature 459 (7250), 1126−1130, 2009
  3. Minami T, Jiang S, Schadler K, Suehiro J, Osawa T, Oike Y, Miura M, Naito M, Kodama T, Ryeom S.: The calcineurin-NFAT-angiopoietin-2 signaling axis in lung endothelium is critical for the establishment of lung metastases. Cell Reports 4 (4), 709−723, 2013
  4. Suehiro J, Hamakubo T, Kodama T, Aird WC, Minami T.: Vascular endothelial growth factor activation of endothelial cells is mediated by early growth response-3. Blood 115 (12), 2520−2532, 2010