研究者インタビュー

脂質のメタボローム解析から生命現象を探る

有田 誠 チームリーダー
理化学研究所 統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム
慶應義塾大学 薬学部・薬学研究科 代謝生理化学講座

生体内では多くの分子が分解・合成され、多種多様な代謝物が存在しますが、その全体像を把握することはこれまで困難でした。有田誠先生(理化学研究所 統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム)は脂質の代謝物に注目し、脂質の構造多様性「リポクオリティ」と生命現象の関連を明らかにすることに取り組んでいます。有田先生に、これまでの研究の背景や今後の展望について伺いました。

 

脂質の多様性がもたらす生物学的意義を解明する

――現在の研究概要を教えてください。

有田チームリーダー:
代謝物の中でも脂質代謝物に注目し、その多様性や機能の解明を目指しています。脂質は生体膜成分、エネルギー源、シグナル伝達分子と、生命現象において多岐にわたって機能しています。しかし、脂質と一言にいっても10万種類以上の構造多様性があるという推定があります。つまり、脂質の研究は「量」だけでなく、種類の違いである「質」にも注目する必要があると考えています。

私たちは脂質の構造多様性を「リポクオリティ」と呼び、リポクオリティの生物学的意義を明らかにしたいと考えています。

――リポクオリティの生物学的意義を明らかにする、とは具体的にはどういうことでしょうか。

有田チームリーダー:
例えば、DHAやEPAなどのω3脂肪酸を多く摂取する人たちは心血管病のリスクが低下すると言われていますが、それは本当なのかをきちんと検証し、本当だとしたらその分子メカニズムを明らかにすべきだと考えています。

脂質はタンパク質と異なりゲノムにコードされていないので、実験デザインを工夫しなければいけません。例えばω3脂肪酸の研究のときには、哺乳類はω3脂肪酸を体内で合成できませんが、線虫でω3脂肪酸を合成する遺伝子fat-1を導入したトランスジェニックマウスを用いました。持続的に圧付加を与えることで心肥大・心不全が生じるマウスモデル(TACモデル)をfat-1マウスに適用し、体内のω3脂肪酸レベルの増加が心機能に及ぼす影響について検討しました。その結果、野生型に比べてfat-1トランスジェニックマウスのほうが、心不全に対する抵抗性を示し、心筋組織における線維化が顕著に抑制されていました。では、一体どのような分子メカニズムなのでしょうか?

――そこでメタボローム解析を行うのですね。

有田チームリーダー:
まず、ω3脂肪酸の心臓保護作用には骨髄由来のマクロファージが重要であることを見出しました。そこでマクロファージが生成する脂肪酸代謝物についてメタボローム解析を行ったところ、fat-1マウス由来のマクロファージではEPAの代謝産物である18-ヒドロキシエイコサペンタエン酸(18-HEPE)が顕著に増加していました。さらに、18-HEPEが心筋組織の線維化を抑制することで心機能を保護することが、細胞および個体レベルの実験から明らかになりました(参考文献1)。これまでの栄養学的な知見に加えて、遺伝子改変動物を用いた解析からもω3脂肪酸の機能性を証明できたと言えるでしょう。

――脂肪酸の違いは心臓以外の疾患制御にも関係するのでしょうか。

有田チームリーダー:
アレルギー疾患にも関係することが私たちの研究からわかっています。マウスのエサには通常、ω6脂肪酸であるリノール酸が多い大豆油を使いますが、これをω3脂肪酸のαリノレン酸が多い亜麻仁油に切り替えると、マウスで食物アレルギー症状が抑制されます。このときのメタボローム解析を行ったところ、亜麻仁油摂取群の腸管内で顕著に増加する代謝物として、EPA由来の17,18-エポキシエイコサテトラエン酸(17,18-EpETE)が見出されました。さらに、17,18-EpETE自体にマウスの食物アレルギー症状を予防あるいは治療する効果があることが見出されました(参考文献2)。

――疾患の原因の解明や、保健機能食品の開発につながりそうですね。

有田チームリーダー:
そうですね、今回の18-HEPEや17,18-EpETEの機能性の発見は、疾患の予防、いわゆる先制医療につながり得る成果だと考えています。これらの成果は、fat-1マウスのような遺伝子改変マウスの作製や、質の高い食用油を含むエサの調製など、多くの技術が発展したおかげですが、特に近年急速に発展した質量分析技術(メタボローム解析技術)が大きく寄与しています。メタボローム解析により多種多様な脂質代謝物を包括的に捉えることで、ようやく生体内の脂質代謝バランスの全体像を把握できる時代になったと言えます(図1)。

図1 ω3脂肪酸EPAの代謝経路と代謝物のさまざまな機能。EPAから産出される18-HEPEが心筋組織の線維化を抑制することで心不全リスクを下げる。また17,18-EpETEには抗アレルギー効果がある。(文献3より引用)

 

ターゲット解析とノンターゲット解析を組み合わせる

――脂質のメタボローム解析は、具体的にどう行うのでしょうか。

有田チームリーダー:
脂質は、脂肪酸、リン脂質、トリグリセリドなど、多様な状態をとります。これら様々な存在状態にある脂質を包括的に捉えるためには、質量分析によるメタボローム解析技術が威力を発揮します。具体的には大きく分けて2種類の手法があります。ひとつは液体クロマトグラフィーと三連四重極型質量分析計(TripleQ)を組み合わせたLC-MS/MSです。解析対象物を想定して、正確かつ定量的に測定するターゲット解析で、現在約500種類の脂肪酸代謝物を一斉に定量分析できます。

――もうひとつは何でしょうか。

有田チームリーダー:
四重極飛行時間型質量分析計(Q-TOF)を用いたノンターゲット解析です。様々な生命現象に関わるメカニズムを文字通り「発見」するためには、特定の脂質分子種を選択的に測定するターゲット解析に加え、分子種を特定しないノンターゲット解析を活用し、先入観のないかたちでより網羅性の高い分析を実現する必要があります。

――どれくらいの種類を測定できるのでしょうか。

有田チームリーダー:
現在は1000種類以上の脂質分子を網羅的に測定できます。近い将来1万種類以上の測定ができるよう、技術開発を進めています。

――その中から未知の機能性成分を発見できるかもしれないということですね。

有田チームリーダー:
そのとおりです。メタボローム解析は既知の分子を正確に測定するだけでなく、未知の分子も含めて網羅解析し、そこから生命現象の解明につなげるための方法論だと考えています(図2)。

図2 脂質代謝バランスの変化が生命現象や病態にどのような影響を及ぼすのか、ターゲット解析とノンターゲット解析を組み合わせて明らかにする。生物学だけでなく、ソフトウェアの開発やデータベースといった情報処理、化合物ライブラリーの構築といった要素も大きく関わる。(文献3より引用)

――最近、新しく取り組んでいるテーマがあれば教えてください。

有田チームリーダー:
現在、私たちが取り組んでいるテーマのひとつに、腸内細菌と宿主との相互作用におけるリポクオリティ研究があります。腸内細菌がもつ代謝経路は宿主と異なっており、代謝産物が宿主の表現型に影響する可能性が考えられます。腸内環境において、その代謝ネットワークの実態と機能的役割については未知の部分が多く、ノトバイオート技術やメタゲノム解析とメタボローム解析とを組み合わせることで、リポクオリティの観点からも多くのことがわかると期待できます。

 

多くの研究者と協力して課題をクリアする

――メタボローム解析における課題には何があるのでしょうか。

有田チームリーダー:
ひとつは、システム上の課題があります。解析対象が数百種類、数千種類になれば、複雑な情報をいかに紐付けし、重み付けするかという問題が生まれます。そうなるとソフトウェアの開発も含めて、それぞれの専門性を有する多様な人材が集まる環境が求められます。理研にはそのような人材が集まっており、それぞれの得意分野を活かしながら、リポクオリティ研究の基盤となるメタボロミクス新技術の開発を進めています。

――他にはどのような課題があるのでしょうか。

有田チームリーダー:
サンプルの前処理や抽出・分析時における測定バイアスの問題はあります。抽出条件の検討や適切な補正法については気を使っています。

また、代謝物の定量分析や生物活性について機能を検証するとき、標準化合物をいかに用意するのかが問題になります。市販されているものがあればいいのですが、ないときには自前で合成しなければいけません。私は有機化学系の共同研究者と共に、あるいは酵素を使ったインビトロ合成などでこれに対応しています。ただ、質の高い標準化合物ライブラリーをいかに揃えるかが大きな課題であることは間違いありません。

――メタボローム解析を始めたいと思う人にとっては、化合物の取扱いや抽出や分析など実験条件の最適化がハードルになるのでしょうか。

有田チームリーダー:
そうかもしれません。ただ、脂質の研究は範囲が広いため、異分野の研究者が集まることが大切だと考えています。私たちは2015年に新学術領域研究「脂質クオリティが解き明かす生命現象」を発足させました。技術的なサポートも含めて、新規参入者と協力しながら研究を進めています。

メタボローム解析は既知の分子を測定するだけでなく、未知の分子を含めて網羅解析し、そこから生命現象の解明につなげるための方法論です。代謝の全体像を俯瞰することができれば、どの分子、どの合成経路に注目すればいいのかという新たな仮説が導かれます。そこから、病態・バイオロジーの解明や新たな治療戦略につながることが期待されます。最先端のメタボローム解析技術を駆使して、リポクオリティと生命現象の関係を明らかにしていきたいと思います。

――ありがとうございました。

シグマの製品について一言

シグマ アルドリッチの脂肪酸を多く使っています。in vitroの細胞実験で添加したり、代謝産物を合成するときの基質として使ったりしています。一般的に多価不飽和脂肪酸は酸化されやすく、保存状態によって実験結果が影響されがちですが、シグマ アルドリッチの多価不飽和脂肪酸や脂質代謝物は質が高く、貴重な標準化合物ライブラリーの供給源として信頼して使っています。

プロフィール

有田 誠 チームリーダー
理化学研究所 統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム
(慶應義塾大学 薬学部・薬学研究科 代謝生理化学講座 教授)

1970年、大阪府生まれ。東京大学薬学部卒業。同大学大学院薬学系研究科 博士課程修了。博士(薬学)。米国ハーバード大学 医学大学院 インストラクター、東京大学 大学院薬学系研究科 准教授、理化学研究所 統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム チームリーダー(2016年から非常勤)を経て、2016年から慶應義塾大学 薬学部・薬学研究科 代謝生理化学講座 教授。横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 分子エピゲノム科学研究室 客員教授を併任。

参考文献:

  1. Endo J, Sano M, Isobe Y, Fukuda K, Kang JX, Arai H, Arita M.: 18-HEPE, an n-3 fatty acid metabolite released by macrophages, prevents pressure overload-induced maladaptive cardiac remodeling. The Journal of Experimental Medicine 211 (8), 1673−1687, 2014
  2. Kunisawa J, Arita M, Hayasaka T, Harada T, Iwamoto R, Nagasawa R, Shikata S, Nagatake T, Suzuki H, Hashimoto E, Kurashima Y, Suzuki Y, Arai H, Setou M, Kiyono H.: Dietary ω3 fatty acid exerts anti-allergic effect through the conversion to 17,18-epoxyeicosatetraenoic acid in the gut. Scientific Reports 5, 9750, 2015
  3. 有田誠「リポクオリティが生体を制御する」理研ニュース2015年6月号