研究者インタビュー

水溶性代謝物のメタボローム解析を通じて疾患の代謝異常を探る

平山 明由 特任講師 慶應義塾大学 先端生命科学研究所 メタボローム研究グループ

がんを始め、さまざまな疾患の患者の体内では代謝物のパターンが変化すると考えられています。その原因となる代謝経路を特定できれば、バイオマーカーとして利用したり、創薬の標的として活用できると期待されています。平山明由先生(慶應義塾大学先端生命科学研究所メタボローム研究グループ)は、特に水溶性代謝物のメタボローム解析を通じて、これらの研究に取り組んでいます。平山先生に、これまでの研究の背景や今後の展望について伺いました。

 

少ない条件で網羅性が高いキャピラリー電気泳動質量分析法

――現在の研究概要を教えてください。

平山特任講師:
生体内の代謝物を網羅的に測定するメタボローム解析の開発を通じて、さまざまな疾患における代謝経路の解明、さらにはバイオマーカーの発見や標的創薬を目指しています。

網羅解析と言っても、一つの方法で全代謝物を測定できるわけではありません。生体内の代謝物は数千種類あると言われており、その物理的・化学的性質は多岐にわたります。疎水性のものもあれば親水性のものもあり、極性もさまざまです。そこで、性質の近い代謝物ごとに測定法を使い分けているのが現状です。

――具体的にどのような測定法があるのでしょうか。

平山特任講師:
現在広く使われているのは、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)、キャピラリー電気泳動質量分析法(CE-MS)の3種類です(図1)。その中でもわれわれは、主にCE-MSを利用してメタボローム解析を行っています。

図1 代謝物の性質に応じて測定方法を使い分ける。GC-MSは疎水性で極性の低い代謝物、LC-MSは疎水性代謝物を広く、CE-MSは水溶性代謝物を広く測定できる。

――CE-MSの利点は何でしょうか。

平山特任講師:
水溶性代謝物を、少ない条件かつ高い網羅性で測定できることです。つまり、陽イオン測定と陰イオン測定という2種類の測定条件でほとんどの水溶性物質を、高い定量性で測定できます。膨大な種類の代謝物の中からバイオマーカーを探したいなどというときには、少ない条件で測定できるのは大きな利点です。

 

腫瘍特異的な代謝を明らかにする

――これまでにどのような研究でCE-MSを活用してきましたか。

平山特任講師:
CE-MSの有用性を強く示すことができたのは、胃がんと結腸がんにおける代謝の解析です(参考文献1)。がん細胞の代謝経路における特異性を明らかにするためにCE-MSを用いました。がん細胞ではさまざまな代謝経路が亢進しますが、関与する代謝物のほとんどは低分子の水溶性物質であり、CE-MSで測定するのに適しています。

がん細胞では酸素の存在下においても、TCA回路を経由する酸化的リン酸化よりも、解糖系によってエネルギーを作る傾向が強いという「ワールブルグ効果」が知られています。ワールブルグ効果の背景を探るため、がん患者から切除した腫瘍組織と、がん細胞が含まれていない周辺組織(正常組織)をメタボローム解析して比較しました。

――どのようなことがわかったのでしょうか。

平山特任講師:
まず、腫瘍組織では乳酸が有意に増加していました。乳酸は解糖系の最終産物であり、ワールブルグ効果の存在を確かめることができました。一方でブドウ糖は、腫瘍組織では有意に減少していたこともわかりました。おそらく、血管新生が追いつかずに血液からのブドウ糖が供給されていないためだろうと考えられます。

ワールブルグ効果以外にも、興味深いことがいくつも見つかりました。例えば、20種類のアミノ酸のうち、グルタミンを除く19種類は腫瘍組織で有意に増加していましたが、グルタミンのみ有意差は確認できなかったのです。

グルタミンはグルタミン酸に変換され、さらに2-オキソグルタル酸に変化してTCA回路に取り込まれます。図2に示すように、2-オキソグルタル酸より後の反応の代謝物は、腫瘍組織では有意に増加していました。このような腫瘍特異的な代謝を明らかにできた意義は大きいでしょう。

図2 解糖系を見ると、胃がんと結腸がんの腫瘍組織では、ブドウ糖の量は正常組織よりも有意に少なく、乳酸は逆に多い。TCA回路に注目すると、コハク酸エステル、フマル酸エステル、リンゴ酸塩が腫瘍組織で有意に増加する。TCA回路内の分子として2-オキソグルタル酸があり、グルタミン酸から産出される。腫瘍組織ではグルタミン酸量は多いが、グルタミン量は正常組織と変わらない。これは、グルタミンが代謝されてグルタミン酸が産出されていることを示唆する。

――これらの現象は他のがんにも当てはまるのでしょうか。

平山特任講師:
それを検証するため、すい臓がん、肝臓がん、腎臓がん、肺がんでも同様のメタボローム解析を行いました。その結果、多くのがんにおいてもほとんどのアミノ酸の量が増加していました。

ところがすい臓がんのみ、アミノ酸の量は正常組織とほぼ同じか、むしろ腫瘍組織のほうが低いことがわかりました。理由は不明ですが、がん部位によってアミノ酸のパターンが異なるということです。すい臓がんは悪性度が高い上に早期発見が難しいのですが、こういった特徴からバイオマーカーを見つけられるのではないかと考えています。

 

尿による非侵襲的診断を目指して

――現在はどのような研究テーマに取り組んでいますか。

平山特任講師:
尿を用いた非侵襲的診断を目的とした研究に取り組んでいます。尿に含まれている代謝物のほとんどが水溶性であり、CE-MSが得意としています。非侵襲的に採取できるため、被験者の負担はほとんどないことも、実用化を考える上で大きなメリットです。

具体的なテーマのひとつは、ネフローゼ症候群という腎疾患のバイオマーカーの探索です。ネフローゼ症候群は、腎臓でタンパク質のろ過がうまくできずに尿にタンパク質が流れ出てしまい、低タンパク質血症になったり、浮腫ができたりする疾患です。現在の診断では、尿中にタンパク質が一定量以上検出されたときに腎生検を行うのですが、腎生検は特に高齢者において負担の大きい方法です。尿に含まれる代謝物だけでネフローゼ症候群の診断、あるいは精度の高いスクリーニングができないか、メタボローム解析を通じて取り組んでいます。

――地域のコホート研究にも協力していると伺いました。

平山特任講師:
山形県鶴岡市に在住する約1万人の方が対象の「鶴岡みらい健康調査」というコホート研究に協力しています。2012年から25年間にわたって健康調査を行うのですが、われわれは健康診断時の血液と尿をいただき、メタボローム解析を行います。すでに、特定の疾患と関連する代謝物の候補をいくつか発見しています。構造が未決定の代謝物もありますが、次代の市民の健康維持や予防医学に貢献したいと考えています。

 

トランスオミクスを通じて代謝をより深く知る

――今後の展望について教えてください。

平山特任講師:
メタボローム解析に加えて、プロテオーム解析やトランスクリプトーム解析を組み合わせると、より詳しく代謝を知ることができます。このように統合的に解析することは「トランスオミクス」と呼ばれています。今後、特にがん細胞の代謝研究において重要な手法になると考えています。

例えばすい臓がんでは、オルニチン濃度が低く、オルニチンデカルボキシラーゼ(ODC)という酵素によってオルニチンから作られるプトレッシン濃度が高いことがメタボローム解析からわかるのですが、トランスクリプトーム解析をするとODCの発現が亢進していること、プロテオーム解析をするとODCの阻害タンパク質が減少していることがわかります。代謝物であるプトレッシン濃度の高さを、遺伝子発現やタンパク質活性の観点から説明できるのです。この代謝がすい臓がんに特異的かつ必須であるなら、ここが創薬の標的になりえます。

――トランスオミクスは大規模な研究になるのでしょうか。

平山特任講師:
かなりの費用と人手がかかるのは確かですが、得られるものは大きいでしょう。われわれは国内に6つあるナショナルセンターと協力して、がん、てんかん、拡張型心筋症などの検体の多層オミックス解析を行いました。膨大なデータ量ですが、近日中にNBDC(バイオサイエンスデータベースセンター)に掲載される予定です。多くの研究者とデータをシェアすることで、より効率よく創薬標的などを探すことができると期待しています。

――メタボローム解析の有用性が広く知られるようになり、メタボローム解析を始めたいと考えている方は多いと思います。アドバイスがあればお願いします。

平山特任講師:
CE-MSは安定して測定するのが難しい、などとよく言われます。われわれの施設には30〜40名のテクニシャンがいますが、ほとんどは地元の方で、採用時には化学の知識も決して豊富ではありませんでした。それでも半年ほどトレーニングを積むと、CE-MSを一人で扱えるようになります。勉強すれば誰でも使えるのです。メタボローム解析を行う研究者が増えて、メタボローム解析の分野全体の裾野が広がればと願っています。

――ありがとうございました。

シグマの製品について一言

メタボローム解析の標準品は、ラインナップが多いシグマ アルドリッチ製品を使っています。また、ロットごとに水分や有機溶媒の残量などが異なるために補正をかける必要がありますが、シグマ アルドリッチ製品はロットごとに純度と不純物含有量の情報があるので使いやすいです。要望としては、がん代謝を見るための標準品のミクスチャがあると計量の手間が省けるので、検討していただきたいです。

プロフィール

平山 明由 特任講師
慶應義塾大学 先端生命科学研究所 メタボローム研究グループ

2001年信州大学理学部化学科を卒業後、2003年北海道大学大学院地球環境科学研究科博士前期課程を修了。博士(環境科学)。ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(株)研究員を経て、2006年より現在の所属。CE-MSを用いたメタボローム解析をベースに、国内外の様々な研究機関と共同研究を行っている。分析手法の改良なども行っており、将来的には1細胞でメタボローム解析を行うことが夢である。

参考文献:

  1. Hirayama A, Kami K, Sugimoto M, Sugawara M, Toki N, Onozuka H, Kinoshita T, Saito N, Ochiai A, Tomita M, Esumi H, Soga T.: Quantitative metabolome profiling of colon and stomach cancer microenvironment by capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry. Cancer Research 69 (11), 4918−4925, 2009