代替エネルギー材料

錯体水素化物の新展開‐リチウムイオン高速伝導材料として

Motoaki Matsuo1, Hiroyuki Oguchi1,2, Hideki Maekawa2, Hitoshi Takamura2,Shin-ichi Orimo1

1Institute for Materials Research, Tohoku University Katahira 2-1-1, Sendai, 980-8577, Japan
2Graduate School of Engineering, Tohoku University Aramaki Aza Aoba 6-6-02, Sendai, 980-8579, Japan

Material Matters 2011, 5(4), 19. → PDF版

はじめに

近年、リチウムイオン二次電池の高安全性、高容量化への要請にともない、可燃性の有機溶媒系(液体)電解質に代わりうる固体電解質への期待が高まっています。これまで、高いイオン伝導率(室温で10-3 S/cm以上)とリチウムイオン輸率(~1)を有する酸化物1,2、窒化物3、および硫化物4,5などの無機リチウム高速イオン伝導材料の開発が精力的に進められてきており、実用化を目指したさらなる研究(例:粒界抵抗の低減など)が現在続けられています。私たちは、錯体水素化物LiBH4がリチウム高速イオン伝導を示すことを2007年に世界で初めて報告しました。LiBH4はイオン伝導率が高いだけでなく、リチウムイオン電池の固体電解質としていくつかの利点を持ちます。つまり、(1)粒界抵抗が極めて低い、(2)390 Kで少なくとも最大5 V(vs. Li+/Li)までの高い電気化学的安定性を示す、(3)金属電極に対する分極が極端に低い、(4)市販されている化合物である、(5)メカニカルミリング、熱処理、含浸、気相成長法などの多様な材料加工技術の利用が可能である、といった点です。本論文では、新規固体リチウム高速イオン伝導材料として、LiBH4とその関連水素化物(LiBH4-LiI系およびLiBH4-LiNH2系)における高速イオン伝導について解説します。LiBH4のリチウム高速イオン伝導錯体水素化物は一般にM(M´Hn)と表されます。ここで、Mは金属イオン、(M´Hn)は(NH2)-、(BH4)-、(AlH4)-などの錯イオンです。LiBH4は代表的な錯体水素化物であり、高い水素密度を有する水素貯蔵材料の有望な候補として、近年大きな関心を集めています。LiBH4は、約390 Kで斜方晶(低温(LT)相)から六方晶(高温(HT)相)へと構造相転移します。LiBH4の水素放出反応の促進を目的としたマイクロ波プロセスの研究を進めたところ、LiBH4は低温相、高温相ともに約7 eVという大きなバンドギャップを持つ絶縁体でありながら、高温相で電気伝導性を示す可能性があることが示唆されました。そこで、交流インピーダンス法と7Li NMRを用いて、LiBH4のリチウムイオン伝導特性について詳細な研究を進めました6

LiBH4とその関連水素化物の電気伝導特性

図1 LiBH4とその関連水素化物の電気伝導特性。(a)リチウム金属電極を用いて得られたLiBH4の低温相と高温相における代表的な複素インピーダンスプロット。(b)リチウムイオン伝導率の温度依存性。Li2BNH6の融点(368 K)をTmで示しました。

図1(b)に、図1(a)の複素インピーダンスプロットから求めたLiBH4の電気伝導率の温度依存性を示します。インピーダンス測定に用いたペレット試料は、LiBH4粉末を圧粉したのみで、その後の焼結は行わずに作製しましたが、インピーダンスプロットは低温相でも高温相でも一つの半円を描いており、粒界から生じる応答は観測されなかったことを示しています。低温相の電気伝導率は10-8 ~ 10-6 S/cmと非常に低く、温度上昇に伴って直線的に増大します。390 K付近の転移温度で電気伝導率は急激に1,000倍増大し、その結果、高温相では10-3 S/cm程度の高い電気伝導率を示します。活性化エネルギーは、低温相、高温相でそれぞれ0.69 eV、0.53 eVであると見積もられます。

高温相でのLiBH4の高い電気伝導率がLi+イオンの高速拡散によるものかどうかを確認するために、7Li NMRを測定しました。図27Li NMRスペクトルの温度変化を示します。

LiBH4の7Li-NMRスペクトル

図2 LiBH47Li NMRスペクトルの温度変化

スペクトルの形状は、構造転移温度に伴い急激に変化します。385 K未満の低温相ではブロードで小さなピークのみが観測されますが、388 K以上で高温相に構造相転移すると、中央に鋭いメインピークと2本のサテライトピークが認められます。中央のピーク幅が狭くなるのは、高温相でのLi+イオンの高速拡散による尖鋭化を示唆しています。また、図1に、スピン格子緩和時間T1の温度依存性から得られるNMR相関時間を用いてNernst-Einsteinの式より見積られる電気伝導率も示しました。NMRから求めた電気伝導率と、インピーダンス法で測定した結果とがよく一致していることがわかります。このことから、LiBH4ではLi+イオンが電気伝導を担うキャリアであり、さらに390 K付近での構造相転移にともない10-3 S/cm以上の高速イオン伝導を示すことが実験的に確認されました。これは錯体水素化物での特筆すべき新たな特性といえます。

LiBH4の結晶構造

図3 LiBH4の斜方晶の低温相(下)と六方晶の高温相(上)の結晶構造。赤丸はLi+イオン、灰色の四面体は(BH4)-錯イオンを示します。青色の矢印は予測されるLi+イオンの拡散経路を示します。

図3に示すように、高温相ではab 軸方向にLi+イオンと(BH4)-錯イオンとが等間隔に配置されており、Li+イオンの間には(BH4)-イオンが存在しないことがわかります。すなわち、障壁となる(BH4)-錯イオンがない、Liにとって理想的な拡散経路が出現し、これによりイオン伝導特性が発現すると考えることができます。現在、第一原理分子動力学シミュレーション7と高圧インピーダンス測定8を用いて詳細な研究を行っています。

LiBH4関連錯体水素化物におけるイオン伝導率の向上

LiBH4の高温相(390 K以上)は、リチウム高速イオン伝導を示すため、全固体電池用固体電解質の新たな候補材料として期待されます。しかし、390 K付近でのLiBH4の構造相転移は可逆的であり、このままでは室温付近でのイオン伝導率は低いため、応用面から室温でのイオン伝導率の向上が強く望まれます。そこで、室温で高速イオン伝導を示す錯体水素化物の材料設計を試みました。以下に代表的な例としてLiBH4-LiI系およびLiBH4-LiNH2系錯体水素化物における研究成果について紹介します。

LiBH4-LiI系錯体水素化物における高温相の安定化9-11

一連のMBH4(MはNa、K、Rb、Cs)において、隣接する(BH4)-錯イオン間の距離が大きくなると構造相転移温度が低下する現象が報告されています12。そこで、我々は、LiBH4の(BH4)-錯イオン間の距離を大きくして高温相を安定化できれば室温でのイオン伝導率が著しく向上するであろうと推測し、そのためには、(BH4)-錯イオンに対するI-イオン置換(I-イオン(2.20Å)は(BH4)-錯イオン(2.05Å)より大きなイオン半径を持ちます)が有効なのではないかと考えました。

(1-x)LiBH4+ xLiIのXRD

図4 (a)メカニカルミリング法を用いて合成した(1-x)LiBH4 + xLiIのX線回折(XRD)パターン(x = 0.07 ~ 0.50)と、(b)示差走査熱量測定(DSC)から得られた構造転移温度。x(上軸)および「LiI mol %」(下軸)の関数として示します。

図4(a)にメカニカルミリング法を用いて合成した(1-x)LiBH4 + xLiIのX線回折(XRD)パターンを示します。LiIの量が増加するにつれて、低温相から高温相に次第に変化する様子がわかります。x = 0.25と0.5 ではLiBH4高温相に対応するピークのみが観察され、低角側にシフトしています。(BH4)-錯イオンがI-イオンに部分的に置換されていることを示しています。また、図4(b)に示すように、示差走査熱量測定(DSC)からI-置換量に比例して構造相転移温度が低下することを確認しました。また、ラマン分光測定により非調和振動が構造相転移に大きく影響することが明らかになっています13

図1には、x = 0.25でのイオン伝導率の測定結果も示しています。x = 0.25では、LiBH4で観測されたような構造相転移に伴う不連続な変化は観測されず、温度に対して直線的にイオン伝導率が変化します。狙い通り室温付近でのイオン伝導率を(LiBH4と比較しておよそ1,000 倍も)向上させることに成功しました。また、I-以外にCl-で(BH4)-錯イオンを置換した場合も、高温相の安定化によってイオン伝導特性が向上することを実験的に確認しました14

LiBH4-LiNH2系錯体水素化物におけるLi サイトの多様化15

LiBH4-LiNH2系錯体水素化物はこれまで水素貯蔵材料の開発という観点から研究されてきており、Li2BNH6とLi4BN3H10の2つの相が存在することが報告されています。図5に示すように、Li2BNH6とLi4BN3H10はどちらもLiBH4と陰イオンの配置が異なり、(BH4)-と(NH2)-の2種類の錯イオンがLi+イオンに対して四面体配位しています。それによりLiサイトが多様化します。この特徴を利用することでイオン伝導特性が向上するものと期待しました。

LiBH4とLi4BN3H10の局所的原子構造

図5 LiBH4(左)とLi4BN3H10(右)の局所的原子構造。赤、緑、オレンジ、青の球は、それぞれLi、B、N、およびHを示しています。LiBH4にはLi+イオンの占有サイトが1つしかありませんが、Li4BN3H10には複数存在します。

図1に示すように、Li2BNH6は室温で2×10-4 S/cmの高速イオン伝導を示すことがわかります。これは、ホスト材料であるLiBH4に対して10,000倍、そしてLiNH2に対して100,000倍も大きな伝導率です。さらに、融点(Tm)である365 K以上に加熱すると伝導率は6×10-2 S/cm(378 K)にまで上昇し、活性化エネルギーは0.56 eV(303 ~ 348 K)から0.24 eV(368K以上)に著しく減少します。この結果は、Li2BNH6は固体電解質としてだけでなく、優れたイオン液体電解質としても応用できる可能性を示唆しています。Li4BN3H10も同様に室温で2×10-4 S/cmのイオン伝導率を示します。ここで注目すべき点はLi4BN3H10の活性化エネルギーです。0.26 eVであると見積もられますが、これはLiBH4、および融解前のLi2BNH6の半分以下であり、Li4BN3H10のリチウムイオン移動度が非常に高いことを示しています。この特性は7Li NMRでも確認されており、複数錯イオンにより多様化したLiサイトの特徴を反映しています15

今後の展望

今回の短いレビューでは、LiBH4とその関連水素化物におけるリチウム高速イオン伝導について紹介しました。我々は最近、(NH2)-や(AlH4)-を持つ錯体水素化物もリチウムイオン伝導材料であることを明らかにしました。さらに研究開発を進めることによって、新規リチウムイオン伝導材料の発見や、錯体水素化物に特徴的なイオニクス現象が解明されるものと期待しています。

現在、我々のグループでは、固体電解質に錯体水素化物を用いた全固体電池を実現するために、次の研究テーマに取り組んでいます。

  1. 非酸化物系正極材料の探索
  2. Li4BN3H10薄膜の合成

本レビューで紹介した錯体水素化物の中では、イオン伝導率が最も高く活性化エネルギーが最も低いLi4BN3H10が固体電解質材料として最も有望な候補です。Li4BN3H10を薄膜化することによって、たとえば、グラファイト/ Li4BN3H10薄膜/上記の新規正極材料、で構成された、MEMS(micro electromechanical system)向けの薄膜リチウムイオン電池の製造が可能になるでしょう。

謝辞

本研究は、科研費(22760529、18GS0203、21360314、21246100)の補助を受けて行いました。ここに深く感謝いたします。

錯体水素化物やリチウムイオン電池については左記のページもご参考ください。
     

References

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