マイクロ・ナノエレクトロニクス材料

自己組織化材料

はじめに1

分子自己組織化(MSA:molecular selfassembly)とは、外的要因からの制御を受けずに、分子自身で自然に組織や構造を構築することです。自己組織化は自然界で自発的に生じる現象で、例えば細胞を取り囲む脂質二分子膜の自己組織化のように、多くの生体システムでは自己組織化を用いてさまざまな分子や構造が組織化しています。こうした現象を模倣し、自己組織化によって超分子集合体を構築する新規化合物の合成は、ナノテクノロジーにおける重要な技術です。

自己組織化の場合、最終的な(目的とする)構造は、用いる分子の形状および特性に「符号化」されています。その一方で、リソグラフィーなどの従来技術では、目的とする最終構造は材料の大きな塊から切り出さなければなりません。このように自己組織化は「ボトムアップ型」の製造技術であり、リソグラフィーは「トップダウン型」技術であるといえます。

分子スケールにて分子間力を正確かつ精密に利用することによって、以前は実現できなかった新しいナノ構造を得ることができる点が、今日のナノテクノロジーにおいて分子自己組織化が有望な研究分野とされている理由のひとつです。私たち自身を含めて、自然界の至る所に分子自己組織化の多様な例が多数存在しますが、まだ完全には理解されていません。生体分子の集合体は精巧で、単離が困難なことが多いため、その基礎となる科学を系統的かつ段階的に解析することは非常に困難です。現実に必要とされているのはより単純な分子自己組織化であり、容易に合成できる化合物を自己組織化に用いることで、現状の実験技術でも解析することのできるような単純な構造を得ることができるでしょう。

分子自己組織化のさまざまな方法の中で、「静電相互作用による自己組織化(もしくは交互積層(LbL:Layer- by-Layer)法)」および「自己組織化単分子層(SAM:Self-Assembled Monolayer)」の2つの方法が注目を集めています。LBL法では、適切な基板の上にアニオンとカチオンの電解質を交互に吸着させます。多くの場合、活性のある層はそのうち1層だけであり、他の層は静電相互作用によってこの複合多層膜を形成する役割を果たしています。SAMの場合は、基本となるビルディングブロック化合物(つまり構成分子)を合成した後は、ファンデルワールス結合などの弱い分子間結合を利用して、それらを配置・結合させて1つの構造へとまとめ上げます。この弱い結合によって、SAM(そしてMSA全般)の可逆的な溶液加工が可能となります。このように、自己組織化単分子層の溶液加工および製造技術によって、組織化のどの段階でもエラーを修正できるような優れた大量生産が可能となることでしょう。この方法が半導体エレクトロニクス産業にとってナノワイヤ、ナノトランジスタ、ナノセンサなどの機能性ナノデバイスを大量生産する上でもっとも費用対効果の高い方法であるということは言うまでもありません。

金表面上での自己組織化

自己組織化プロセスの研究によって、典型的なアルカンチオール単分子層は金表面上で(√3 × √3)R30°構造を形成し2、チオール鎖は平面に対する垂線から約30度傾いて配向していることがわかっています3-6。また、単分子層の厳密な構造は鎖部分の化学的性質に依存します。自己組織化は、タンパク質のフォールディング、DNAの転写とハイブリダイゼーション、細胞膜の形成といった自然界の数多くのプロセスの基礎をなしています。天然における自己組織化プロセスを支配するのは、分子を安定な低いエネルギー状態へと向かわせる分子間および分子内の力であり、水素結合や静電相互作用、疎水性相互作用ファンデルワールス力などがあります。

天然の自己組織化反応の場合と同様に、アルカンチオール類を貴金属表面上で組織化させるドライビングフォースは複数あります。第一は金表面に対する硫黄の親和力です。硫黄-金間相互作用は45kcal/molのオーダーであり3、準共有結合レベル(C‐C結合の強さは約83 kcal/mol)の安定な結合を形成することが見いだされています。もう一つのドライビングフォースは、アルカン鎖のメチレン炭素間に働くファンデルワールス力による疎水性相互作用です。アルカンチオール単分子層の場合、この相互作用はチオール鎖を表面に対して傾けることで鎖間の相互作用を最大化し、全体的な表面エネルギーを低下させています。秩序性の高い単分子層は炭素数10以上のアルカン鎖から生じます。この長さの炭素鎖であれば、鎖間の疎水性相互作用が分子の回転自由度に打ち勝つことができます6,7

単純なアルカンチオール分子の例を図1に示します。アルカンチオールは、貴金属表面に結合する硫黄を含む結合基、スペーサー鎖(通常はメチレン基(CH2nで構成されます)、機能性頭部基(head group)という3つの部分からできていると考えることができます。上述の通り、硫黄原子およびメチレン基中の炭素がアルカンチオール組織化の主なドライビングフォースとして作用します。そして、任意の官能基を頭部基として用いることで、事実上どのような化学的性質を有する表面でも作製することができます。単に頭部基を交換するだけで、疎水性(メチル基)、親水性(水酸基またはカルボキシル基)、タンパク質吸着抵抗性(エチレングリコール基)の表面、あるいは化学結合可能な表面(NTA(nitrilotriacetic acid)、アジド、カルボキシル基、アミン)を創り出すことができます。こうして、目的とする機能を有する表面を自由に設計することが可能となります。

金表面上チオール分子の模式図

図1: 金表面上チオール分子の模式図

金属酸化物表面上の自己組織化

マイクロおよびナノエレクトロニクス材料分野における最近の進歩により、SAMの適応範囲が従来の金/チオール系を超えて広がっています。リン酸基またはホスホン酸基を導入することで単分子層を構成する分子の化学官能性が変化し、SAMの調製に使用する基板の選択肢を広げることが可能です。このような極性の酸性分子は、多種多様な金属酸化物表面(Al2O3、Ta2O5、Nb2O5、ZrO2など)と相互作用し、金表面上のアルキルチオールSAMの場合と同程度の秩序を持つ膜を形成できます7

SAMの用途には、ナノワイヤ、ナノトランジスター、ナノセンサーなど、多数の半導体電子産業用材料があります。その他の用途には、表面濡れ性、防汚性、電気化学、表面不動態化、タンパク質結合、DNA組織化、耐腐食性、生物学研究用アレイ類、細胞間相互作用などがあります(図28-10

自己組織化膜の応用例

図2 アルカンチオール自己組織化単分子層の応用例(A)防汚染性表面 (B)特異的結合レセプターをもつSAM (C)細胞をそのままの状態で培養・実験するための細胞支持体(D)分子エレクトロニクス(E)マイクロアレイ(F)分離

自己組織化については季刊誌Material Mattersもご参考ください。

自己組織化単分子層の作製に用いられる材料

明確に定義された厚さを持つ均一で規則的に配列した層の作製には、基本的に高純度のチオール化合物が用いられます。純度の低いチオールを用いた場合、厚い、不規則な単分子層になってしまいます。近年、より複雑な(いくつかの官能基を持つ)チオールが、SAMにさまざまな機能性を導入するために用いられるようになっています。しかし、この複雑なチオールは酸化されやすい傾向を持ち、その安定性の改善が課題となっています。この酸化不純物は、SAMの作製において保管安定性や性能の信頼性に影響を与える場合があります。また、SAMはジスルフィドからも作製することができますが、多くの場合、組織化速度は遅く、若干異なる特性の単分子層になります。

現在、その解決策としてチオ酢酸化合物のin situでの脱保護が用いられています。チオ酢酸の場合、高純度の試料を調製することが可能で、かつ長時間安定です。比較的穏やかな条件下で脱保護することで、高純度のチオールを生成することが可能です。これらチオール化合物はすぐに自己組織化に用いることができ、高純度の単分子層を得ることができます。

典型的な脱保護の手順

以下に記した脱保護の手順で、11-Mercapto-1-undeceneを86%の収率で得ることができます11。得られたチオールをシリカゲルに通すことで、SAM用の高純度材料(>99%)となります。

  • 還流冷却器と温度計のついた250mlの三つ口丸底フラスコにて、窒素下で、S-(10-Undecenyl)thioacetate(2g, 8.76 mmol 739359)を20mlエタノールに溶かす。
  • 反応フラスコにNaOH水溶液(1g, 25.7 mmol in 10 mL of water)を滴下し、続いて2時間還流する。
  • 反応溶液を室温に戻し、脱気した2M HCl溶液5mlで中和する。
  • 不活性雰囲気で分液漏斗に移し、20mlの脱気したジエチルエーテルと10mlの脱気した水を加える。有機層を分離し、50mlの脱気した水で洗浄する。
  • Na2SO4で乾燥させ、40℃にてロータリーエバポレーターで溶媒を蒸発させる。
チオ酢酸の脱保護
自己組織化材料については左記のページもご参考ください。

References

  1. Material Matters, 2006 1(2).
  2. Strong, L.; Whitesides, G. M. Langmuir 1988, 4, 546.
  3. Dubois, L. H.; Nuzzo, R. G. Annu. Rev. Phys. Chem. 1992, 43, 437.
  4. Bain, C. D.; Whitesides, G. M. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 7164.
  5. Bain, C. D.; Whitesides, G. M. Angew. Chem. Int. Ed. 1989, 28, 506.
  6. Porter, M. D.; Bright, T. B.; Allara, D. L.; Chidsey, C. E. D. J. Am. Chem. Soc. 1987, 109, 3559.
  7. Hähner G.;Hofer R.; Klingenfuss I. Langmuir, 2001 17, 7047.
  8. Love J. C.; Estroff L. A.; Kriebel J. K.; Nuzzo R. G.; Whitesides G. M. Chem Rev., 2005 105, 1103.
  9. Chaki N. K.; Vijayamohanan K. Biosensors & Bioelectronics, 2002 17, 1.
  10. Ulman A. Chem Rev., 1996 96, 1533.
  11. Berger F.; Delhalle J.; Mekhalif Z. Electrochim. Acta 2009, 54, 6464.
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