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植物油中フタル酸エステルの分析法開発

Luigi Mondello

分析化学/メッシーナ大学、食品化学研究所(イタリア)

直接浸漬SPME後の高速GC/トリプル四重極MS検出

はじめに

フタル酸エステル類(PAE)は、主に可塑剤として使用される合成化合物のグループです。PAEは内分泌攪乱化学物質に分類され、ヒトの潜在的な発がん物質です1。プラスチック材料中に存在するPAEは重合体マトリックスと化学的に結合していないため、徐々になくなることがあります。PAEは主に包装用フィルムから直接移行するため、食品中で多量に検出されます。脂肪分の多い食品は、PAEが持つ親油性によって特に影響を受けます。現在、食品中のPAE含量に関する規制はありませんが、欧州連合指令2007/19/ECでは食品に触れる材料からのPAEの移行について議論されており、そうした材料に許可される物質が挙げられています。PAEは至るところに存在するため、その分析的測定は非常に困難です2,3。試料操作を最小限に抑える方法が強く望まれます。食品中および植物油中のPAEを分析する多くの方法が提案されてきました。それらの後は、主にガスクロマトグラフィー/質量分析法(GC/MS)により測定します。PAE分析における試料の前処理は、基本的に、トリアシルグリセロール(TAG)や遊離脂肪酸による妨害を取り除くことを主な目的としています4,5。代替法では、従来のPTV GCインジェクターを改変してライナーに希釈した油を導入し、PAEを気化させてTAGをインジェクター内に残すことを提案します。TAGは、バックフラッシュ・モードでスプリット出口から除去されます6。植物油中のPAE分析の前処理工程における試料操作を最小限に抑えるために、ヘッドスペース固相マイクロ抽出(HS-SPME)も検討されていますが、その定量限界はあまり低くありませんでした7、8。本研究は、試料操作を最小限に抑え、その後、高速GC/トリプル四重極MS(QqQ)測定を行うシンプルな高速SPME法を開発し、最適化することを目的としました。

実験

10種類のPAEを含有する保存溶液(10,000 mg/L)を調製しました。各PAEの略語を表1に示します。可塑剤として認定された食用油または食用脂の標準物質がないため、エキストラバージンオリーブオイル(EVO)の試料に2 mg/kg PAE標準溶液を添加して方法の最適化に使用しました。使用前の汚染を避けるため、溶媒、ガラス製品、キャップ、およびセプタムは細心の注意を払って取り扱いました。

最適化した試料前処理および分析の手順を図1に示します。表2に挙げたトランジションを用い、PAE標準液体溶液を注入して最適化した多重反応モニタリング(MRM)取得モードを適用しました。メッシーナ(イタリア)の地元市場で購入した8種類の植物油(エキストラバージンオリーブオイル(EVO)2種、オリーブオイル1種、ピーナッツ油1種、ひまわり油2種、大豆油1種、混合種油1種)をこの手順で前処理し、分析しました。

表1.分析対象物の略語
MRMクロマトグラム

図1.PAEを添加したエキストラバージンオリーブオイルのGC/MS MRMクロマトグラム

条件

試料/マトリックス:10 mLガラス製遠心管に0.5 gのエキストラバージンオリーブオイルを量り取り、2 mg/kgフタル酸エステル類を添加しました。この溶液に3 mLのアセトニトリルを添加後、30秒間ボルテックスし、3,000 rpmで10分間遠心分離しました。上部のアセトニトリル1.5 mLを2 mLバイアルに移しました。SPMEファイバー:100 µM PDMS57300-U)、抽出: 500 rpmで一定撹拌しながら20分間直接浸漬、脱着操作:280 °Cで5分間、スプリットレス
カラム:SLB-5 ms、10 m x 内径0.10 mm、0.10 µM28465-U)、オーブン:90 °C(5分間)、30 °C/分~310 °C、50 °C/分~350 °C(3分間)、注入温度:280 °C、キャリアガス:ヘリウム 50 cm/秒、検出器:MS(トリプル四重極)、220 °C、ESI (+)、MRM、70 eV、MSDインターフェース:280 °C

表2.GC/QqQMS最適化条件

結果および考察

方法の最適化
採用した低極性SLB-5ms GCカラムにより、DiNPとDiDP以外のすべての標的PAEをベースラインから分離できます。DiNPとDiDPは多くの異性体が存在するため、部分的に共溶出しました。添加したEVO試料のMRMクロマトグラムを図1に示します。DiNPとDiDPは多くの異性体が存在するため、部分的に共溶出したピークとして存在しました。そのため、これらは一緒に合計して定量しました。

直接浸漬(DI)SPME工程は、試料抽出時間、脱着時間、脱着温度、およびアセトニトリルに対する油の比について最適化しました。特に、さまざまな試料抽出時間(10分、20分、および30分間)で試験を行いました(図2)。抽出効率および再現性の値(n=3)は、抽出時間を20分間としたときのものがはるかに優れていました。さらに、16分間のGC実行時間と次の注入までにシステムを冷却できるようにする数分間を考慮すると、20分間のファイバー抽出時間は、試料の前処理時間と装置の実行時間を同期させるのに完璧な選択でした。

インジェクターでファイバーから脱着させるために使用する温度の最適化中に、250 °C、270 °C、および280 °Cというさまざまな温度で試験を行いました。280 °Cで脱着するとさらに高いシグナルが得られ、キャリーオーバー効果がないことが裏付けされました(図3)。最後に、異なる量の油、具体的には0.5 gと2 gを3 mLのアセトニトリルで抽出すると油/溶媒比が最適化されました。得られたデータから、アセトニトリル3 mLに油2 gを使用したときの油と溶媒の分配率のほうが好ましくないことが示唆されました。いずれの量も使用できますが、試料の消費量を最小限に抑え、分配率を最適化し、ダイナミックレンジを拡大するために、試料量として0.5 gを継続して使用しました。

SPMEファイバー抽出の影響

図2.PAE回収率に及ぼすSPMEファイバー抽出時間の影響

SPMEファイバー脱着温度の影響

図3.PAE回収率に及ぼすSPMEファイバー脱着温度の影響

方法バリデーション
添加したEVO試料を0.02~10 mg/kgの範囲で濃度の低いほうから順に分析し、6点の検量線(n=3)を構築しました。0.9971~0.9994の範囲で良好な相関(R2)が得られました。EVO油中に認められたブランク量に従って値を補正しました。2 mg/kgを添加したEVO試料を2日間かけて6回(1日あたり3レプリケート)分析し、日内および日間再現性(CV%)を評価しました。DiNP+DiDP以外のすべてのPAEでCV%値は10%未満となりました(DiNP+DiDPの日間再現性:11.9%)。添加試料(4 mg/kg)を分析して得られた値と期待値の相対誤差偏差を算出し、確度(A%)を評価しました。DiBPおよびDiNP+DiDP以外のすべてのPAEで確度は10%未満となりました(DiBP:10.2%、DiNP+DiDP:11.8%)。表3に、信号対雑音比(S/N)の10倍値として、およびEurachemガイドライン9の両方に従って評価した定量下限(LOQ)値とともに、方法の性能特性を要約します。S/Nを用いたLOQ値の評価は主に適用した特定の方法に関連しますが、PAEが遍在していることによる避けられないブランク問題は考慮していません。そのため、同様の状況で評価するために以下の式を推奨するEurachemガイドラインに従ったLOQも算出しました:

SPMEにおける植物油中フタル酸エステル類の式

ここで、σb :ブランク試料の標準偏差、n :結果報告時に測定した平均レプリケート数、nb :ブランク補正算出に使用したブランク測定数。

表3.方法の性能特性
表4.さまざまな植物油中に認められたPAE(mg/kg)。*LOQは、S/N比を10倍して算出した値。

実際の植物油試料
DI-SPME-GC QqQ MSの最適化された方法を、さまざまな種類の植物油に含まれるPAEの分析に適用しました。表4に、試料の前処理手順に由来するコンタミネーションを差し引いた後のさまざまなPAEの量(2レプリケートの平均値として表示)を、包装材料の情報とともに示します。プラスチック製ボトルに詰めた試料には、全般的にPAEが多く含まれていました。オリーブオイル試料中のDEHPおよびDiNP+DiDPは、種油中に認められた量と比較して多く存在していました。種油の中で最も汚染されていたものは混合種油で、次いで大豆油、ピーナッツ油が汚染されていました。

結論

植物油中のPAEを分析するための迅速、簡単、高感度の方法を開発し、ここに示しました。高速LLE抽出法で大量のTAGを除去した後、直接浸漬(DI)モードでPDMS SPMEファイバーを適用することにより、直線性、再現性、確度、および定量限界に優れた性能特性が得られました。この方法は堅牢です。カラム性能(選択性、効率性)は300回を超える分析後も変化しませんでした。

法的情報

SLBはSigma-Aldrich Co. LLCの登録商標です。

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参考文献

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