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有機エレクトロニクスは、超薄型でフレキシブルかつ大面積デバイスを実現する可能性のある次世代テクノロジーであり,有機電界効果トランジスタ(OFET:organic field-effect transistor)、有機発光ダイオード(OLED:organic light-emitting diode)、有機太陽電池(OPV:organic photovoltaic)などが盛んに研究されている。有機エレクトロニクスデバイスは、塗布、印刷などの低コストかつ低エネルギープロセスで製造できるため、無機材料を基にした従来のエレクトロニクスとは差別化できる技術になると期待されている1,2。無機半導体デバイスよりも性能が低いことが課題であったが、過去20年にわたる継続的な研究により、特に半導体ポリマーを用いたOFETおよびOPVの性能が大幅に向上してきている3。
半導体ポリマーの開発において最も重要な課題のひとつは、ポリマーの主鎖骨格の電子構造の制御、すなわち最高被占軌道(HOMO:highest occupied molecular orbital)と最低空軌道(LUMO:lowest unoccupied molecular orbital)を制御することである。例えば、p型およびn型のOFETにおいて、HOMOおよびLUMOのエネルギー準位(EHOMOおよびELUMO)は、効率的なキャリア(正孔または電子)注入のために電極の仕事関数にできる限り近くすることが必要であり、また、大気安定性や耐久性を向上させるためには、いずれも十分に低くする必要がある4。一方OPVでは、開放電圧(Voc)は通常、ドナー材料であるp型ポリマーのEHOMOとフラーレン誘導体などのアクセプター材料のELUMOの間のエネルギー差に相関がある5。このため、ポリマー主鎖骨格を構成するビルディングブロックのデザインおよび選択が重要となる。また、ビルディングブロックの長さ、平面性、対称性などの構造的な要素にも注意を払う必要がある。これらは、薄膜状態のポリマーの積層構造、結晶性、配向性に影響を及ぼすからである。現時点で、高性能半導体ポリマーの開発において最も成功を収めている分子設計戦略は、いわゆるドナー/アクセプター型共重合体であり、その中では、電子供与ユニット(Dユニット)と電子欠損性ユニット(Aユニット)がポリマー主鎖骨格で交互に連結している。電子供与能、π共役系の拡張、分子サイズ、剛直性などが異なる多様なDユニットが開発されていることと比較して、Aユニットの数および種類は限られている(2,5-dihydropyrrolo[3,4-c]pyrrole-1,4-dione(ジケトピロロピロール:DPP)、benzo[c][1,2,5]thiadiazole(BTz)、thieno[3,4-c]pyrrole-4,6-dione(TPD)、1,4,5,8-naphthalenedicarboximide(NDI)など)。このため、ポリマー主鎖に組み込める新規Aユニットの開発が重要な課題となっている。
Naphtho[1,2-c:5,6-c']bis[1,2,5]thiadiazole(NTz、795372)6は、二つのBTzが縮合した四環系であり、近年有望な有機半導体として注目されているいわゆるチエノアセン(含チオフェン縮合多環π共役分子)と呼ばれる芳香族複素環化合物に分類される。実際に、NTz骨格の部分構造である1,2,5-チアジアゾールは、最もよく用いられる複素芳香環化合物であるチオフェンの等電子化合物であり、さらに興味深いことに、芳香族性はチオフェンよりも大きいことが知られている7。しかし、1,2,5-チアジアゾールには、ピリジンと同様2個の電子不足窒素原子があるため、電子的性質がチオフェンとは大幅に異なる。このため、1,2,5-チアジアゾールのエネルギー準位(EHOMO:-6.53 eV、ELUMO:-2.30 eV)はチオフェン(EHOMO:-6.34 eV、ELUMO:-0.21 eV)よりも低く、特に1,2,5-チアジアゾールのLUMOのエネルギー準位はきわめて低くなっている。理論計算からは、1,2,5-チアジアゾールの双極子モーメント(1.54 Debye)はチオフェン(0.63 Debye)よりもかなり大きいことも予測されている。これらの1,2,5-チアジアゾールの電子的な特徴はNTzにもよく表れており、これに加えて、高い平面性、中心対称性のC2h分子構造であることと相まって、NTzの独自の特徴、例えばHOMOおよびLUMOエネルギー準位の低さ(EHOMO:-6.45 eV、ELUMO:-2.85 eV、理論計算値)、分極性、ナフタレン部分が擬キノン構造を取りうること、などをもたらしている。このようなNTzの特徴を用いることは、電子材料、特に半導体ポリマーの開発に有用であり、ポリマーの主鎖構造の形状、HOMOおよびLUMOエネルギー準位、バンドギャップ(Eg)などをチューニングすることを可能とする。
NTzは比較的新しい化学構造であり、1991年にMatakaらが初めて合成している(スキーム1)8。その報告以降、1報の特許文書9を除いて、その特性または利用例は発表されてこなかったが、最近になって、NTzとベンゾ[1,2-b:4,5-b’]ジチオフェンからなるコポリマー(P1)10およびNTzとクアテルチオフェンからなるP2 11が報告されている。上記に考察した有望な特性にもかかわらずNTzを基盤とした材料が長年興味を持たれなかったのは、NTz骨格を簡便に合成する方法がなかったためと考えられる。スキーム1に示すとおり、NTz骨格はナフタレンジオールと四窒化四硫黄(N4S4)との反応を鍵段階として構築されてきている。NTz誘導体の合成収率は比較的高いものの、本手法の欠点は、きわめて爆発しやすい化学物質とされているN4S4を使用することである12,13。幸いN4S4を使用しないはるかに安全かつ実用的な合成法が最近報告された14。さらに、NTz母骨格を直接、臭素体10またはボロン酸エステル(795518)15へと誘導体化する方法(スキーム2)が開発されたことにより、パラジウム触媒クロスカップリング反応を適用することが可能になった。これにより、p型(P1~P6、図1)10,11,16-19およびn型半導体ポリマー20など多様なNTz骨格を有する電子材料が合成されている。
スキーム1N4S4を用いたNTz骨格の合成
スキーム2NTzから反応性官能基を持つ誘導体(臭素体、ボロン酸エステルへの変換
図1代表的なNTz骨格を有する半導体ポリマーの化学構造
NTz含有半導体ポリマーは溶液プロセスによりOFETの活性層として利用されており、高い正孔移動度(~0.6 cm2 V–1 s–1)11,16または電子移動度(~0.2 cm2 V–1 s–1)20を示す。一方、NTzベースのポリマーとフラーレン誘導体からなるバルクヘテロ接合太陽電池についても高いエネルギー変換効率(PCE:power conversion efficiency)を示す有望な結果が数多く報告されている(表1)。これらのNTzベースのポリマーにおける共通の特徴は、EHOMOが比較的低いこととEgが小さいことであるが、前者は太陽電池において開放電圧VOCが比較的大きい(>0.75 V)ことの主な原因であり、また、後者は短絡電流密度JSCの増加に寄与していると考えられる。NTz含有半導体ポリマーを用いた多くの太陽電池に見られるもうひとつの特徴は、ポリマーが薄膜中で高い結晶性をもち、さらにフェイスオン配向をとることである11,17,20。これは光活性層で生成された電荷キャリアを効率的に電極へ取り出すことに大きく寄与していると考えられる。これらの電子的および構造的特徴は、ポリマー主鎖におけるNTzの存在によるものと考えるが妥当であろう。このため、デバイス最適化を詳細に行うことの少ない合成分野の学術誌にも、PCEが5%を超える高性能太陽電池が報告されている。8.2%のPCEを示すP4ベースの太陽電池は、新たに開発された半導体ポリマーを用いた有機太陽電池のなかでは、最高の性能を示すもののひとつである。
【表内注釈】 a 他に記載のない限り電気化学的に測定された酸化電位から推定。b 電気化学的に決定された還元電位から推定。c 吸収端から推定。d SCLC法により決定された面外方向における移動度。e 空気中における光電子分光法(PESA:photoelectron spectroscopy in air)により決定。f 報告なし。
P1は、ポリマー主鎖の配向性およびドメイン純度/相溶性21、添加剤の効果を含むさまざまなデバイス構造による太陽電池性能の最適化22の解明など、近年多くの研究で利用されている。このような研究から、共役系高分子電解質を用いた逆構造デバイスが太陽電池の性能を著しく改善し、最高で8.4%のPCEを達成することが明らかになった23。P2(またはP2’)ベースのデバイスについても、太陽電池の高性能化おける大きな成果が報告されている。当初、P2/PC61BMを活性層とした順構造型の太陽電池のPCEは6.3%と報告されていたが、アクセプターとしてPC71BMを用いた逆構造デバイスでは、特性は大幅に改善されて10%以上となり23,24、これらは現在、PCEが10%を超える数少ないシングルジャンクションの太陽電池のひとつである。
NTzは、最初の報告から20年以上経て、π共役材料の開発に利用できるようになった。NTzを含む材料の例はまだ少ないが、拡張されたπ共役系を有する電子欠損ビルディングブロックとしてのNTzの可能性はすでに十分示されている。NTzそのものの合成法が改善され、有用な官能基化NTz誘導体が開発されたことにより、NTzを基盤とした材料がさらに進化し、近い将来、有機エレクトロニクスの開発に貢献するものと期待されている。
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