はじめに
アザ‐イリドを形成するアジドとホスフィンとの反応は、ノーベル賞を受賞したHermann Staudingerによって約100年前に発見されました。この反応は化学合成に広く利用されてきましたが、バイオコンジュゲート物質を調製する高化学選択的ライゲーション法としての価値が認識されたのはごく最近です1。この反応に関与するふたつの反応性官能基は、生体内に本来存在するほぼすべての官能基と反応せず(バイオオルソゴナル)、水性環境に耐性があり、室温で直ちに結合します。この理想的な条件のため、Staudinger ライゲーションは生細胞の複雑な環境下でも利用することができます。
1919年、StaudingerとMeyerは、アジドがトリアリールホスフィンと円滑に反応して、窒素脱離後にイミノホスホランを形成することを初めて報告しました(Scheme 1)2。このイミノ化反応は穏やかな条件でほぼ定量的に進行し、目立った副生成物も認められません。

Scheme 1
得られたイミノホスホランは求核性の高い窒素原子を有し、アザ‐イリドとみなすこともでき(Scheme 2)、ほぼすべての求電子剤に捕捉される可能性があります。一般的な経路として、加水分解によって第一級アミンとホスフィン(V)オキシドが形成されるいわゆるStaudinger還元反応が挙げられます。アルデヒドやケトンで処理するとイミンが生成し、これはaza-Wittig反応と呼ばれています。特に、反応が分子内で進行する場合は、アミドやエステルなどの反応性の低いカルボニル求電子剤もイミノホスホランと反応します(Scheme 3)。

Scheme 2

Scheme 3
Nontraceless Staudinger Ligation
Bertozzi らは、バイオコンジュゲート物質を得るためのライゲーション法としてStaudinger反応を利用する手法を開拓しました。彼らは、細胞表面の代謝工学に関する研究の過程で、分子内の求電子的捕捉剤としてエステル部位を有するホスフィンを設計しました。新たに設計したこのホスフィン試薬とアジドからイミノホスホランが形成されると、水による加水分解が起こる前にアザ‐イリドがこのエステル部分に捕捉され、速やかな環化反応を起こします。このプロセスでは最終的に安定なアミド結合が生成します3。
このホスフィン試薬は、アミノテレフタル酸メチルエステルのジアゾ化とヨウ素化を行ったのちに、Pd触媒によるホスフィニル化を行って合成することができます(Scheme 4)。

Scheme 4
通常のエステル化やアミド化によってさまざまな分子プローブが遊離酸部位に結合します。このため、生細胞も含めて、アジド基を導入した生体分子に、蛍光標識やさまざまな検出プローブをStaudingerライゲーションで結合させることができます(Scheme 5)。

Scheme 5
次章では、in vivoでグリカン構造にGlycoProfileアジド糖を組み込み、これを使ってFLAGホスフィンプローブを化学的に結合させる方法を示します。
GlycoProfile Azido Sugars
GlycoProfileアジド糖は、化学的もしくは哺乳類細胞の既存の生合成経路を利用してグリカン構造に組み込むことができるペルアセチルアジド糖です4。このアジド基は、炭水化物やペプチドの化学的合成および生物学的合成に対して反応性がなく、修飾したグリカンを表面に結合させたり、標識化したり、ペプチドやタンパク質に結合させたりするための理想的なアンカーとなります。代謝システムによる別のアプローチを用いるとin vivoで標識を行うこともできます。アセチル基は細胞透過性を向上させるため、この非天然型の糖は容易に細胞膜を通過することができます。この単糖が細胞内に入ると、カルボキシエステラーゼによってアセチル基が除去されます。細胞は、グリコシルトランスフェラーゼを使ってこのアジド糖を代謝し、未反応のアジド基を残したまま、細胞内と細胞表面のグリカン鎖末端にこの糖を発現させます。N-アジドアセチルマンノースアミンはシアル酸生合成経路に導入される可能性もあります。グリカンには、FLAGペプチドなどの検出用エピトープを含むホスフィンプローブをStaudingerライゲーションで選択的に結合させることができるため、FLAG特異的な抗体を使ってin vivoで検出できる翻訳後修飾糖タンパク質が得られます。このアプローチによって、特定のグリカンの翻訳後修飾によって制御される経路を解析することができるほか、グリカンの細胞内でのグリコシル化過程をモニタリングすることができます。

Profiling O-type glycoproteins by metabolic labeling with an azido GalNAc analog (GalNAz) followed by Staudinger ligation with a phosphine probe (FLAG-phosphine).
Traceless Staudinger Ligation
前述のStaudingerライゲーション法は生物学的環境下でも有効ですが、生成物中に非天然のホスフィンオキシド部分を残すことなく天然と同じアミド結合が形成される修飾方法はさらに魅力があります。2000年に、Bertozzi のグループとRainesのグループはこれまでとは異なるライゲーション戦略を同時に発表しました5。nontraceless Staudinger ligationと同じ原理に基づきながらも、補助基であるホスフィン試薬はライゲーションの完了後に生成物から脱離して天然型と同じアミド結合が残ります。このため、ライゲーション部位にCys残基が必要であるというnative chemical ligation(NCL)の制約が取り払われ、タンパク質や糖ペプチドの化学的全合成が可能になります。
traceless Staudinger ligationに適したホスフィン試薬のうち、Rainesらが開発したジフェニルホスフィンメタンチオール(Figure 1)は、最も良い反応性を示し、既に広く利用されています。このRainesライゲーション試薬はまずアシル化されます。アジドで処理するとアザ‐イリドを形成します。続いてアザ‐イリドの求核性窒素原子がカルボニル基を攻撃し、チオエステルが脱離します。最後に、転位した生成物の加水分解によって天然と同じアミドが生成し、補助基はホスフィン(V)オキシドとして脱離します(Scheme 6)6。

Figure 1

Scheme 6
Rainesライゲーション試薬は安定性が低いため、新しく調製したものを使用することが推奨されています。このきわめて有用な試薬の原料となる安定かつ簡便な試薬として670359をご紹介します(研究および開発目的のみのライセンス契約に基づき販売しています。米国特許第6,974,884号と関連特許が適用されます)。アセチルチオメチルジフェニルホスフィンボラン錯体670359は、チオールとホスフィン基がそれぞれアセチルエステルとボラン付加物として保護されています。40℃でDABCOで処理したのちに、塩基によるエステルの開裂を行うと活性なRainesライゲーション試薬が容易に遊離します(Scheme 7)。Hackenbergerらは、ホスフィン‐ボランの酸による脱保護が糖ペプチドや環状ペプチドの調製に有利であることを示しました7。この後者の例では、末端アジドとホスフィン‐ボラン基を有する直鎖ペプチドがSPPS法で合成されています。95%のTFA によって、ホスフィンとアミノ酸の側鎖の脱保護が一段階で同時に行われた後に、ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)が添加され、traceless Staudinger ligationによるペプチドの大員環形成によって21個のアミノ酸から成る環状のMicrocin J25が得られています。

Scheme 7
Maarseveenらは、大員環形成を起こす他のStaudiger ligationを以前に報告しており、Rainesライゲーション試薬を用いて一連の中員環ラクタムの合成にも成功しています8。Wongらはtraceless Staudinger ligationによる14種類の糖タンパク質の合成を報告しています9。この研究では、無保護のポリペプチドにN末端アジド基を選択的に導入する方法がその後のライゲーション反応に必要であったため、プロテアーゼ触媒を用いてこれを行う方法も開発されました。
さらに最近では、Rainesらがジメチルアミノ基を有する水溶性のRainesライゲーション試薬を発表しています(Figure 2)。この基質は水中で等モルの基質と速やかなライゲーションを起こします。ある予備実験では、traceless Staudinger ligationがexpressed protein ligation(EPL)と組み合わせられており、最新のタンパク質化学分野で今後有望であることが示されています10。

Figure 2
Organic Azides and Azide Sources
1864年、最初の有機アジドであるフェニルアジドがPeter Griessによって合成されて以来、このエネルギー豊富な汎用性の高い化合物は大きな関心を集めてきました。さらに最近では、ペプチド合成、コンビナトリアル合成、複素環合成、生体高分子のライゲーションや修飾に有機アジドを利用するなどのまったく新しい観点が生まれています11。現在、最も顕著な応用分野は、Huisgen 1,3-双極子付加環化反応とさまざまなStaudingerライゲーションです。
アジド基は、特に、複雑な炭水化物やペプチド核酸(PNA)のような敏感な基質において、配位結合する第一級アミンの保護基とみなすこともできます12。たとえば、この官能基はアルケンのメタセシス反応条件に対しても安定です13。
最近Carreiraらは、活性化されていないオレフィンから有機アジドを生成する洗練された方法を報告しました。Co(BF4)2・6H2OとSchiff 塩基から容易に調製できる触媒を用いると、p-トルエンスルホニルアジド(TsN3)によるヒドロアジ化を行ってアルキルアジドを得ることができます。この反応は、一置換、二置換または三置換オレフィンを使用することができ、完全なマルコフニコフ型の選択性が認められました(Scheme 8)14。

Scheme 8
Functionalized Alkynes
アルキンは、水素、ハロゲン、ハロゲン化水素または水の求電子付加、メタセシス、ヒドロホウ素化、酸化的開裂、C-Cカップリング、付加環化などのさまざまな反応に利用できるきわめて汎用性の高い官能基を有しています。末端アルキンは金属アセチリドに変換することができ、新たにC-C結合を形成するハロゲン化アルキルによる求核置換やFavorskii 反応などの求核付加に利用することができます。
アルキンを利用する付加環化反応の中では、Huisgen 1,3-双極子付加環化が際立っており、最近では「クリック」反応の代表例としてきわめて大きな関心を呼んでいます。第二の官能基を有するアルキンビルディングブロックはクリックケミストリーに特に有用です。このもうひとつの官能基には、その後行う標的アジドとの「クリック」反応に都合の良い目的化合物を結合させることができます。