有機合成化学

PEPPSI触媒

KitAlysis™ ハイスループット スクリーニング キット

PEPPSI-IPr:
空気や水分に安定で、分子間カップリング、アミノ化および分子内Heck変換反応など工業的にも有用な触媒

はじめに

カナダYork大学のMike Organ教授は、共同研究者Chris O'Brien博士およびEric Kantchev博士とともに、シンプルな概念をベースとして見事な含窒素ヘテロ環カルベン(NHC)Pd錯体を考案しました1。かさ高いNHC配位子2,6-塩化ジイソプロピルフェニルイミダゾリウム(IPr)とσ供与性3-クロロピリジン配位子をPdCl2に反応させ安定性を高めたこの触媒は、Pyridine-Enhanced Precatalyst Preparation Stabilization and Initiation の頭文字をとってPEPPSIと名づけられました。

PEPPSI構造式

3-クロロピリジン配位子は“throw-away”配位子(“使い捨て”の意)として機能し、かさ高いIPr配位子は還元的脱離反応を促進してTONを向上します(Figure 12。NHC配位子の高いσ電子供与能により、従来のホスフィン配位子よりも強く金属と結合し、金属の解離を防ぎます。Sigma-Aldrichは、Organらとの共同開発により、PEPPSI-IPr触媒を提供しています。C-C結合、C-N結合生成反応を効果的に触媒できること、堅牢性、安定性、比較的低価格であることから、試験研究及びファインケミカル分野での幅広い応用が期待されています。

PEPPSI-IPrの特徴

  • 空気や水に対して極めて安定
  • バルク供給可能
  • 従来のPd触媒よりも高い(もしくは同等の)活性
  • 様々な反応のパラダイムに高性能を発現
  • 多くの反応は室温で進行
  • 他の配位子不要の一成分触媒
  • 低コスト

安定性と取扱い

従来のパラジウムホスフィンおよびNHC触媒と異なり、PEPPSIはきわめて安定で不活性ガス下でなくても長期間保存可能です。この触媒は実験室で通常の方法により秤量可能であり、水で後処理を行っても目立った分解を受けないことが1HNMRにより確認されています。おそらく最も特徴的なのは、PEPPSIはジメチルスルホキシド中で120℃、数時間加熱しても分解されず、触媒の不活性化も受けない点です。このPd(II)錯体は、Pd(0)-NHC活性触媒に還元されin situで活性化されます。すなわち、PEPPSIは、配位子により安定化され、取扱いの難しさという欠点が改善されたPd(PPh3)4を代替する触媒であると考えることができます。

PEPPSI-IPr の代表的応用例

  1. 根岸カップリング反応

    PEPPSI-IPr(1)は、きわめて効率的で穏やかなアルキル-アルキル結合形成反応の触媒です(Figure 2)。1により触媒されるsp3(RX)-sp3(RZnX)カップリング反応の対象となる基質は、エステル、ニトリル、アミド、酢酸など多岐にわたります(2-52

    Figure 2

    特に、化合物7の末端アルキニルTMS基は、室温反応条件下の塩化アルキルのクロスカップリング反応に対し極めて安定です。これらの結果より、生物活性部位を有する基質のカップリング反応ならびにこれに続く天然物中間体の迅速合成反応にも利用できる可能性が考えられます。PEPPSI触媒系は臭化アルキル、塩化アルキル、およびトシル酸アルキルといった幅広い基質に利用可能であり、この反応パラダイムの一般性、有用性が示されました(compounds 2-7)。驚くべきことに、Organらは、反応条件を適切に選択することによって、塩化物の存在下で臭化物のカップリングにも成功しました(compounds 2)。このPEPPSI触媒による根岸カップリング反応において迅速にLiClを添加するため、LiClの無水THF溶液(667544)を新たに試薬として発売しています。

  2. 鈴木カップリング反応

    PEPPSI-IPrは、広い範囲にわたる電子豊富な(非活性化)基質や電子欠乏性(活性化)基質に効果的に利用可能です3。鈴木カップリング反応における高い触媒機能により、アカデミック並びに工業生産のあらゆる用途での応用が強く期待されます。

    Figure 3

    すべての鈴木カップリング反応は、一般的な実験室での操作手順に従って行い、グローブボックスは使用していません。PEPPSI-IPr 触媒前駆体の秤量は空気中で行い、不活性ガス気流下でin situ活性化を行いました。Organらは、ヘテロ原子や電子的に異なる様々な反応基質と反応させ十分な評価を行っています。種々のボロン酸との反応は一般試薬グレードのイソプロパノール中で円滑に進行し、塩基としてカリウムt-ブトキシドを用いた場合に高い変換効率となることを見出しました。このように、複雑な一連の有機ビルディングブロックの高い単離収率により、PEPPSI-IPrの幅広い有用性が示されています(Figure 3)。

  3. Buchwald-Hartwigアミノ化反応

    Organらは、PEPPSI-IPrが塩化アリールおよび臭化アリールと種々のアミンとのパラジウム触媒によるクロスカップリング反応の優れた触媒となることを見出しました4

    Figure 4

    Figure 4の結果は、この触媒系の使用により各種アミンのアリール化が高収率で可能となることを示しています。モルホリン、アリールアミンに加えてアダマンチルアミンまでが容易にアミノ化を受け、各種のアリールおよびビアリールアミンを生じます。このおだやかな反応条件(温度と塩基)の下で、電子豊富および電子欠乏性基質に加えて複素環式芳香族化合物基質に至るまで反応が可能なことは、注目に値するものです。加えてこの知見は、Pd-NHC錯体が単に触媒として使用可能なだけでなく、芳香族化合物にC-N結合を形成する過程において多くの場合きわめて優れた効率と原子効率を示すことを明らかにするものです。

  4. 熊田カップリング反応

    Pd(0)を用いたハロゲン化アリールの酸化的付加反応とこれに引き続くGrignard試薬のカップリング反応に関しては多くの研究が行われてきたものの、こうした過去の報告では、触媒の使用量が多い、反応温度が高い、十分な変換効率を得るにはヨウ化アリールを基質として使用する必要がある、などの欠点がありました5。Organらは、PEPPSI-IPrを用いて種々の塩化アリールとGrignard試薬との熊田カップリング反応を検討し、室温での反応ではこれまでの報告例の中で最も良い結果を得ています(Figure 56。1-2 mol % PEPPSI-IPrをTHF/DME (1:1)中、室温で反応させることにより、それぞれのビアリール類をそれぞれ高収率で得ました。

    Figure 5

    さらに注目すべき点は、電子豊富ならびに電子欠乏性のGrignard試薬に加えて、立体障害の大きな塩化アリールまでが反応を受けたことです。このおだやかな熊田カップリング反応のプロトコールは従来の熊田カップリングに比べて、エーテル、TMS、およびアルキニルの各官能基に対する適用性が高く、置換基を有する5-アリール置換インドールが良好な収率で得られています。

  5. 広がる可能性

    C-N結合形成過程におけるPEPPSI-IPr触媒のおだやかで新しい反応法により、さらに応用は広がります。N-アシルヒドラゾンをシグマトロピー転位によりインドール構造に変換するよく知られたFischerインドール合成反応7を補完する反応として、OrganらはPEPPSI-IPr存在下でハロゲン化ビニルを種々の2-ブロモアニリンと反応させ、2-置換インドールを良好な収率で得ています(Figure 68

    Figure 6

    PEPPSI-SIPrはPEPPSI-IPrよりもさらに新しい触媒で、PEPPSI-IPrのNHC配位子骨格の不飽結合を飽和結合に代えた点が唯一の相違点です。その結果、特定の反応条件下では触媒分子の柔軟性がいっそう高まって基質制御性が向上し、PEPPSI-SIPrにより、従来の触媒では不可能であったクロスカップリングであまり例のない反応に成功しています。Organらは、PEPPSI触媒系を用いて簡単に実施できる熊田反応を開発し、多種多様な一連のドラッグライクなヘテロ環化合物の迅速な合成を実現しました。反応が困難であった組み合わせの基質についても、工業的に有用なビアリールおよびアミンビルディングブロックに容易に変換でき、より複雑な骨格の合成への展開が期待できます(Figure 7)。

    Figure 7

    たとえば、PEPPSI-SIPrの高い反応性により、他のあらゆる既知の触媒を利用した方法論に先駆けてテトラオルト置換のヘテロ環化合物の合成が可能となりました(Figure 8)。このすばらしい結果は、反応速度の検討結果9とあわせ、熊田反応においてはPEPPSI-SIPrがPEPPSI-IPrよりやや優ることを示すものです。

    Figure 8

    このPEPPSI触媒による付加反応は、熊田およびBuchwald-Hartwigの両反応において、これまでになかった適用範囲、反応性および安定性という利点をもたらします。注目すべき点は、熊田反応において、ヘテロ原子を有する広い範囲にわたる反応パートナーとのカップリング反応が高収率で可能となったことです。Figure 9に示したナフチロール誘導体が、収率85%、収量10 gのスケールで合成に成功したことは注目に値し、この触媒系の工業的な有用性がさらに強固に裏付けられました。Organらは、天然物合成の最終段階にも利用できるよう、この触媒系をより分子量の大きな分子のカップリング反応に適用できることを実証しようと注力しています。

    Figure 9

おわりに

ノーベル賞を受賞したGrubbsのメタセシス触媒をはじめとし、弊社は独自の触媒試薬のラインナップの充実を通じて科学の発展に貢献したいと願っていますが、PEPPSI-IPr触媒もその意志を実現する製品です。PEPPSI-IPrの際立った利点は、工業的に有用な鈴木、根岸、およびBuchwald-Hartwigの各反応において、反応効率がより高く、種々の官能基に対する基質適応性がより優れており、従来のホスフィン触媒系触媒と同程度もしくはそれ以上の性能を示す点にあります。

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Pd触媒については左記のページもご参考ください。
     

References

  1. Organ, M. G. Rational catalyst design and its application in sp3-sp3 couplings. Presented at the 230th National Meeting of the American Chemical Society, Washington, DC, 2005; Abstract 308.
  2. Organ, M. G. et al. Chemistry: A European Journal 2006, ASAP.
  3. Organ, M. G. et al. Chemistry: A European Journal 2006, ASAP.
  4. Organ, M. G. et al. manuscript in preparation.
  5. Hassan, J. et al. Chem. Rev. 2002, 102, 1359.
  6. Organ, M. G. et al. manuscript in preparation.
  7. For a current review on the Fischer indole synthesis, see: Hughes, D. L. Org. Prep. Proced. Int. 1993, 25, 607.
  8. Organ, M. G. et al. manuscript in preparation.
  9. Organ, M. G. et al. manuscript in preparation.
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