抗体

免疫組織染色(IHC)のトラブルシューティング:うまくいくコツ

免疫組織染色(IHC)は、抗体を用いて組織切片内の抗原を検出する技術であり、基礎研究、前臨床試験、さらには臨床試験において、細胞成分を可視化するための手法です。1940年代に初めて報告されて以来、組織において発現が異なるタンパク質の分布や局在について理解を深めるため、広範に利用されています。

IHCの試料調製法、および使用する器具や試薬の多くは、これまで何十年もの間殆ど変わっていません。しかし、IHCのシンプルな基本プロトコールを知っているだけでは、有用で優れた染色試料を一貫して確実に得ることはできません。特にターゲットが新規の場合、試料調製プロトコールを微調整し最適化することが、IHC実験を成功させるためには重要です。

IHCプロトコールの簡単な一般的なプロセス:

  • 組織検体の調製
  • 抗原の賦活化
  • ブロッキング
  • 一次抗体による組織染色
  • 検出

実験のプロセスは単純に見えます。しかし、試料に応じてプロトコールを最適化するか否かにより、組織染色が不良に終わるか、または明瞭で確実な染色試料が得られるかの違いを生じ、以降の研究に影響をおよぼします。IHC実験の最適化について、以下のポイントをご参照ください。これらはIHCにおける染色技術に関わらず、多くの研究者がIHC実験において経験する一般的な問題を回避し、有用なデータや論文に使用可能な画像を得るためにご参照ください。

 

左図:抗PIR抗体を反応させたヒト膀胱組織FFPE切片の光学顕微鏡によるIHC染色画像。組織染色は、ジアミノベンジジン(DAB)基質を用いた酵素反応による発色(茶褐色)とヘモトキシリンによる対比染色(青色)。

右図:
蛍光色素(Blue, Hoechst 33342)で染色したラット脳凍結切片の非リン酸化ニューロフィラメントHの蛍光顕微鏡写真。

 

組織の保存法によるサンプル調製手順の違い

IHCプロトコール 凍結切片 FFPE切片
組織の採取・固定 オプション:灌流固定 ホルマリン固定
包埋処理 凍結培地 パラフィン包埋
組織の切片化 クリオスタット使用 ミクロトーム使用
-20℃保存 x  
脱パラフィン/再水和   x
抗原賦活化   x
内因性酵素のブロッキング   x

 

検出手法の違いによる手順の違い

IHCプロトコール 蛍光検出 酵素検出
染色処理前にバッファーでスライドを洗浄 x x
非特異的反応によるシグナルをブロック x x
一次抗体を反応させインキュベーション 1種類または複数種(カクテル)の一次抗体 x
組織切片を新鮮なバッファーで3回洗浄 x x
二次抗体を反応させインキュベーション 蛍光色標識済み抗体
(複数ターゲットに対する複数種抗体のカクテル)
x
組織切片を新鮮なバッファーで3回洗浄 x x
酵素基質でインキュベーション   x
スライドを脱イオン水に浸す   x
核の対比染色 DAPIまたはHoechstを使用
(封入剤に含まれている場合は不要)
ヘマトキシリンを使用
脱イオン水で2~3回洗浄   x
組織切片の脱水   EtOHまたはキシレンを使用
封入剤を添加しカバースリップをかぶせる x x
組織試料スライドを遮光して保存 x  

組織標本の調製:IHC実験成功の基礎

組織標本の保存法や検出手法に関わらず、組織形態と共にターゲットエピトープも保存される適切な試料調製を行うことが、IHC実験成功の基礎であることに疑問の余地はありません。IHC実験のプロトコールは、解析において蛍光顕微鏡か光学顕微鏡のいずれを用いるかによって大きく異なります。

検体組織の採取と固定

IHC実験用の組織を適切且つ効率的に採取し保存することは、細胞や組織の形態を保護するだけでなく、酵素や微生物によるタンパク質分解の防止にもなります。IHC実験用の組織標本を保存する方法には急速凍結法とFFPE(ホルマリン固定+パラフィン包埋)処理の2種類があります。

凍結法では、組織を非水溶媒中で急速凍結することにより凍結組織を調製します。その後、超低温下でクリオスタットを用いて組織切片を作製します。FFPE処理した組織の場合は無期限の保存が可能であり、パラフィン包埋した組織ブロックは室温下でミクロトームを用いて組織切片を作製することができます。

凍結保存

切除した新鮮な組織試料は、直ぐに冷却したイソペンタン(別名2-メチルブタン)または同等の液体中で急速凍結させます。急速凍結処理は、組織を損傷させる氷結晶の形成を防ぐために必須です。凍結した組織は切片を作成するまでの間、-80℃で保存します。ヒト臓器など大きな組織の場合は、最初に小ブロックに分割することで凍結が促進され、さらに組織全体が均質に凍結されます。

組織試料を解凍し切断する前に、凍結組織を凍結溶媒が入ったモールドに埋め込み、モールドをクリオスタットの試料チャックに接着するよう装填します。これにより、クリオスタットのブレードが凍結組織に接する状態になり、切片化においてブレード位置を調整することができます。また、切片化する前に凍結組織試料を30分間平衡化することで、有用な組織切片が一貫して得られるようになります。組織を切片化する際のクリオスタットの適正温度は、組織の種類や凍結方法によって異なります。クリオスタットで切片化した組織試料は、組織の向きを常に確認しておくことが重要です。得られた組織切片は、凍結スライドガラス上に順に並べて付着させます。凍結した絵筆や回転を防ぐツールを(使用法に慣れておくよう事前に練習してから)使用することで、組織の変形(回転、折れ、しわ、切断など)を防止することができます。

抗原の賦活化

FFPE処理は、組織形態を室温下で長期間にわたり保持することを可能にする、有効且つ信頼性のある方法です。しかし、同時にこの方法では多くのエピトープが変性して抗体による結合が阻害され、ターゲットを検出できなくなることがあります。FFPE処理された組織内の抗原は、以下のいずれかの方法によって賦活化される可能性があります。

  • HIER(熱処理によるエピトープ賦活化):スライドガラス上の組織切片を、クエン酸バッファー中で加圧すると同時に特定温度で一定時間加熱します。この処理には、圧力鍋のような加圧装置を用います。
  • PIER(プロテアーゼ処理によるエピトープ賦活化):EIERとも呼ばれる酵素消化法で、プロテイナーゼKトリプシンペプシンなどのタンパク質分解酵素を用いて37℃でインキュベーションします。ポイント:試料切片スライドの数が少ない場合は酵素溶液を直接試料に添加します。しかし、ほとんどの場合、濃度を調整した酵素反応溶液を入れた容器にスライド試料を浸し、最適化した反応温度および反応時間により全試料を同時にインキュベーションします。

抗原賦活化プロトコールの詳細はこちらをご覧下さい。

染色

IHCに使用する抗体の選択

特異性:一次抗体の選択は、効果的なIHC試料調製のために極めて重要です。なかでも抗体の特異性については特に注意し、抗体によるターゲットタンパク質との選択的結合を確認することが必須です。抗体の特異性は、ウェスタンブロッティングにおいてターゲットタンパク質のバンドを確認することで検証できますが、最も確実な方法は、ターゲットタンパク質をノックアウトした組織を用いた試験で、該当するバンドが全く染色されないことの確認です。二次抗体を選択する場合は、一次抗体を産生した宿主動物種を特異的に認識することを確認する必要があります。これ以外に、二次抗体の有効性を確認する試験項目としては、一次抗体のエピトープに対する特異性、精製方法、交差性を有する抗体の吸収などがあります。

抗体のIHC/ICCへの適応:信頼できるメーカーの場合、免疫検出の適応試験によって抗体を検証しており、IHCやICC(免疫細胞染色)による試験結果を明らかにしています。具体的には、タンパク質が変性され得る条件で実施されるウェスタンブロッティングにおいて、ターゲットエピトープへの結合が示された抗体であっても、タンパク質の未変性の立体構造が保持されているIHC試料を用いた実験では必ずしもworkするとは限りません。

クローン性:モノクローナル抗体は、無限増殖能を獲得した1個の形質細胞から産生されるため、特定のエピトープだけを認識します。モノクローナル抗体の特徴は高い特異性ですが、ターゲットタンパク質の発現量が低い場合はポリクローナル抗体の方が優れている場合もあります。これは、ポリクローナル抗体が複数のエピトープを認識することにより、高い感度が得られるためです。しかし、ポリクローナル抗体製品には、本質的な問題としてロット間における品質のバラツキがあります。

宿主動物種:抗体産生に使用する宿主動物種の選定も重要です。交差反応を回避するために、抗体は試料組織とは異なる動物種を用いて産生していることが必須です。一方、二次抗体は、一次抗体の宿主と同じ動物種を認識する必要があります。

ブロッキング:抗体の非特異的結合は、一次抗体によるターゲット抗原の免疫検出で最大の懸念事項です。また、二次抗体による抗原との非特異的結合も、基質添加後に顕著なバックグラウンドを生じる原因になります。抗体の交差反応で生じるバックグラウンド染色を低減して抗原特異性を確保するためには、一次抗体を反応させる前にブロッキング処理を行うことが重要です。理想的なブロッキング剤は、二次抗体の宿主と同じ動物種血清が含まれていることです。

検出

検出法は、(a)酵素反応による比色検出法と(b)蛍光色素を用いた蛍光検出法の2種類に大別されます。

比色検出法では、酵素標識した一次抗体または二次抗体の標識が基質と反応することにより、沈殿物を生じます。この沈殿物は有色で抗体が結合した組織の部位が染色されるため、光学顕微鏡により染色組織を観察することができます。

蛍光検出法では、組織内のターゲット抗原に結合した抗体を、直接的または間接的に(フルオロフォアまたはフルオロクロムとも呼ばれる)蛍光色素で標識した抗体を使用します。蛍光色素は、特定波長の光を照射することで蛍光を発します。

結果の解析:蛍光顕微鏡と光学顕微鏡の違い

蛍光顕微鏡

免疫蛍光染色法によるICCやIHCの実験では、試料の解析に使用する落射蛍光顕微鏡や共焦点蛍光顕微鏡の光学的構成について理解しておく必要があります。一次抗体や二次抗体に結合した蛍光色素のスペクトル特性が、顕微鏡に装備された励起光(通常はレーザー光)および吸収フィルターに適合する場合に最良の結果が得られます。蛍光顕微鏡を用いた解析方法に関する詳細はこちらをご覧下さい。

光学顕微鏡

白色光顕微鏡または明視野顕微鏡は、必要な実験装置としてほとんどの研究室に設置されており、容易に使用することができます。しかし、これらの顕微鏡では、同一組織切片で同時に検出できるターゲットの数が限られます。これは、ターゲット抗原の検出が、酵素標識抗体との結合部位における酵素-基質反応によって生じるクロモゲンに依存しているためです。汎用されている有効な基質(ジアミノベンジジン[DAB]やアルカリホスファターゼ[AP]など)では、多色で複数ターゲットを同時に比色検出することができません。

IHC実験結果のトラブルシューティング

以下にIHC実験における一般的な問題を整理し、考え得る原因を示すと共に技術的な調整や最適化などの解決策をまとめました。
 

問題 原因 解決策
染色されない、
発色が弱い
組織試料に抗原が存在しない ターゲット分子が発現している組織試料であることを関連する論文や文献で調べる。さらに、in situハイブリダイゼーションでmRNAの発現を確認する。
抗体タンパク質の分解 抗体を小分けして保存し、凍結融解回数を最小限に抑える。蛍光標識抗体の場合は温度管理し遮光保存する。
ターゲット抗原に対する一次抗体の結合が不十分 より高濃度の一次抗体を用い、インキュベーション時間を延長する。
組織切片の固定法が不適切 組織試料は、調製後直ぐに適正濃度の固定液を使用し、適正温度で固定処理時間を十分にとる。
組織切片の過剰な固定処理または不適当な固定液の使用により、抗体がターゲット抗原に結合できない 固定時間を短縮する。あるいは室温で固定時間を短縮するのではなく、4℃で固定時間を延長してみる。
一次抗体と二次抗体が適合していない 二次抗体が、一次抗体の宿主動物種に対する特異性を有していることを確認する。
検出試薬が古い 酵素標識抗体やその他の試薬を新たに調製する。
酵素-基質反応:基質溶液のpHが適正でない 脱イオン水に酵素活性を低減させるペルオキシダーゼ阻害剤が含まれている可能性がある。使用する基質に適したpHのバッファーを使用する。
一次抗体が免疫組織染色用でない可能性がある 抗体の製品仕様書やメーカーのウェブページから、用いた抗体の主要用途やアプリケーションのデータを確認する。
脱パラフィン処理が不十分 新鮮なキシレンを使用し、組織試料の脱パラフィン処理時間を延長する。
抗原賦活化が不十分 HIER処理における温度と圧力、PIERの場合は試薬の整合性を確認する。異なる抗原賦活化法も検討する。
必要な試薬が一部抜け落ちていたか、使用する順番が正しくなかった 確実にプロトコールに従い、再度反応処理を行う。
抗体の希釈に使用したバッファーが適合していない。イオン強度が高い希釈バッファーを使用すると、モノクローナル抗体がターゲット分子に結合できない可能性がある 蛍光染色の場合を除いて、PBSより普遍性に優れているTBS-Tを使用する。異なる固定液(EtOH、アセトンなど)を使用して凍結切片の染色効果を検討する。
FFPE組織試料に試薬が適合していない アジ化ナトリウムはHRPを阻害するため、アジ化ナトリウムを含むバッファーは使用しないこと。
バッファーが酵素に適合していない HIERの抗原賦活化バッファーのpHがターゲット分子に対し最適化されていない。ターゲットが細胞核の分子の場合は低いpH値、細胞質の分子や細胞膜の場合は高いpHが適している。
抗原賦活化処理法が不適切 タンパク質によってPIERやHIER(あるいは併用)の効果が異なる。糖タンパク質やコラーゲンなどに対してはこれらの処理法が有効。

稀にHIERやPIERがターゲット分子を損傷や変性させることがあり、その場合は賦活化を行わないか処理時間を短縮する。

HIERやPIERを使用できない場合、ブロッキング処理前に(0.3~0.5% Triton® X-100などによる)透過処理を行う。
ペルオキシダーゼのブロッキング処理がターゲット分子の染色を阻害している ペルオキシダーゼのブロッキング処理を、一次抗体の反応・インキュベーション後に行う(CDマーカーの場合は必要)。
過剰染色 一次抗体や二次抗体の濃度が高過ぎる 隣接する組織切片を用い一次抗体の濃度を最適化する。同時に二次抗体の濃度調整は行わない。どちらか一方、もしくは一次抗体の濃度確定後、二次抗体の濃度を調整する。
二次抗体のインキュベーション時間が長過ぎる 二次抗体のインキュベーションは60分間以上行ってもシグナルは増強されず、期待する染色が得られないことがある。抗体、基質、酵素など、染色に用いる各試薬の反応時間を最適化する。
一次抗体や二次抗体の組織への非特異的結合 非特異的結合をブロックまたは最小限に抑えるために、組織に対する適切な処理を行う。
高バックグラウンド/
非特異的結合
試料組織中の内在性分子が反応混合液に含まれている可能性がある。例えば、赤血球細胞に内在するペルオキシダーゼが組織試料に残存し得る 一次抗体の宿主動物種と異なる動物種の正常血清を使用してインキュベーションする。

ペルオキシダーゼ活性の阻害物質が含まれている組織の場合、組織を3% H2O2または0.3%過酸化水素のメタノール溶液中に室温で30分間浸しておく。
組織試料の洗浄が適切ではない 各種染色試薬による反応処理後、リン酸バッファー(PBS)を用いて2~3分間の洗浄を3回以上行う。
二次抗体の交差反応または非特異的結合 二次抗体が、試料組織自体に対して中~高強度の結合親和性を示すことがある。例えばスライドガラスのコーティングに使用される卵白に多量に含まれているアビジンとの反応がある。この場合は、染色用のビオチン化標識抗体とアビジンとの結合を避けるため、卵白は使用しないこと。
組織切片が試料調製中に乾燥した可能性 IHC用の組織試料調製中に組織切片が乾燥しないよう、湿潤状態を保つようにする。
内在性のペルオキシダーゼやホスファターゼが高レベルに存在 HRPやAPの酵素活性によるクロモゲン産生を抑制する適切な阻害剤を使用する。
一次抗体の宿主動物種が試料の動物種と同じ 一次抗体に、IHCで解析する組織試料の動物種と異なる宿主由来の抗体を選択する。
試料組織の形態的変化 抗原賦活化反応の条件が過酷過ぎる 別の賦活化法を使用するか、熱処理や酵素処理の条件を適度に緩和する。
凍結切片がスライドガラスから剥離 新たに調製したスライドガラスを使用し、固定時間を延長する。
単細胞層レベルの解像度が得られない 組織切片をさらに薄く調製する。
組織試料が無傷な状態ではなく損傷がある より小さい組織切片を作製して固定時間を延長する。固定液が組織内部まで浸透する必要がある。