シルセスキオキサン(POSS)
はじめに
新素材として注目されている無機-有機複合体は有機官能基とセラミックスの物理的性質との様々な組み合わせで作成されます1。現在、ケイ素を含んだ新しいポリマー、特にポリシルセスキオキサンはエレクトロニクス、フォトニクスやその他材料技術の分野で無機シリコン化合物に替わるものとして研究されています2-4。
「シルセスキオキサン」は、3官能性シランを加水分解することで得られる (RSiO1.5)nの構造を持つネットワーク型ポリマー、または多面体クラスターのことです5,6。各シリコンは平均1.5個(Sesqui)の酸素原子と1つの炭化水素基と結合しています。最大8つまでの有機官能基とSi-O結合で出来たカゴ状骨格を持つ無機化合物であり、シリカ(SiO2)とシリコーン(R2SiO)の中間つまりシルセスキオキサン(RSiO1.5)の量論的化合物で、「有機物に親和性を持つ無機物」というユニークなナノ材料です。カゴの構造や官能基を変化させることでさまざまな性質の材料を作ることができます。
<特性>
- シリカ(SiO2)とシリコーン(R2SiO)の中間体である(RSiO1.5)という構造を持ちます。
- 大きさが約1-3 nm(多くのポリマーのセグメントやコイルと同じサイズ)のナノ材料です。
- 熱的・化学的にシリコーンよりも安定です。
- ナノ構造・ナノサイズであるため分子レベルでの分散が可能で、ベースレジンの加工性や機械的性質を保ちながらポリマー鎖の動きをコントロールすることで熱的物理的強度を高めることが出来ます。
- 溶液(一般的な溶媒に可溶)・固体の両方で取り扱い可能です。
典型的な官能基はアルコキシシラン、クロロシラン、シラノール、シラノラートです7。反応性の官能基の場合はシルセスキオキサンのポリマー化やポリマーへのグラフト化に、非反応性の官能基の場合は、シルセスキオキサンのポリマーへの溶解性や親和性を高めるために利用されます。また、合成条件により分子スケールで構造を制御することが可能で、ナノコンポジット樹脂、メソポーラスネットワーク、多孔性の有機ケイ素微結晶などさまざまな形態の化合物が生成します。これらはすべてセラミックスともポリマーともつかないハイブリッドな性質を持つことが知られています3,8-11。シルセスキオキサン材料は溶解性、熱・熱機械特性、機械強度、光学透過性、ガス透過性、誘電率、難燃性などその他多くの物性で優れた性質を示します。

図1 シルセスキオキサンの概要
1946年に発見、単離されて以来12、各種官能基をもつ化学量論的なPOSS®(Polyhedral Oligomeric SilSesquioxanes)骨格の化合物が報告されてきました5,6,13-17。POSSの多くはRSiCl3 またはRS(i-OMe)3といった3官能性有機ケイ素モノマーの加水分解によって合成されています(図2)。

図2 シルセスキオキサンの合成法
POSS骨格の構造は合成条件(溶解性、初期モノマー濃度、溶媒、温度、pH、含水量、酸塩基触媒の種類など)に強く依存します。条件を組み合わせることで、3種類の完全縮合POSS、T8R、T10R、T12Rが出来ます。(図3)。

図3 シルセスキオキサンの骨格種類
これらのナノサイズ合成技術を用いて共重合性、付着性、光増感性、液晶性といった性質を持つように修飾することが出来ます18-21。各頂点にあるシリコンに関する化学、特に、T8構造中の8つの頂点のうちの1つのシリコンとR(≠R')の側鎖(図1)との有機反応、が多く報告されています22-23。例えば、R’が反応性、その他7つのRが非反応性の場合、その結果生じた単官能POSSモノマーは一般的なモノマーと共重合を起こし、シリカ補強プラスチックの替わりにナノコンポジット共重合体を生成します24。以下に、過去に報告された研究例・応用例をご紹介します。
<研究例・応用例>
- T8構造がシリカ表面のモデルとして提案されています22,25。
- ポリシルセスキオキサンの発泡体は低いTgのために直接合成することができませんが、ポリヒドリドシロキサンの塩基触媒不均化反応によって1ステップで生成することが出来ます26。また、POSSコアをベースにした新しいデンドリマー触媒も報告されており27、これらの材料によって、不均一系触媒と均一系触媒の特性を結びつけることができると考えられます。
- ジフェニルフォスフィノ-POSSコアとRu-発色団をもつメタロデンドリマーはユニークな性質をもちます28。
- キラルネマチックとカラム状中間相を示す液晶性シルセスキオキサン-デンドリマーが合成されています29。
- 多孔性で耐薬液性の、k<3の次世代スピンオン誘電体は「ポリイミド/ポリシルセスキオキサンナノコンポジット」を基に作られています30。
- POSS骨格が強い電子吸引性置換基であることが注目され31、それに伴ってH-POSS系の非線形光学特性が調べられています32。
- 共役ポリマーのバンドギャップや発光特性を調節するために、側鎖へのPOSS骨格導入が検討されています。この無機-有機ハイブリッド発光ポリマーを基本にしたLEDは、PLEDを上回るパフォーマンスと寿命を示します。
<POSSブレンド材や共重合体により改善される特性>
分解温度・ガラス転移温度の上昇、発熱性の低減、低密度、難燃性・耐熱性・耐酸化性の向上、酸素浸透性の改善、低熱伝導率、熱可塑性、混和性の改善、機械的特性の変更、粘性の低減(潤滑油用途)など。
<POSSを使用した材料>1-3
ガス分離膜、EBリソグラフィー用レジスト、光導波管、添加剤、耐熱性/耐摩耗性ペイント・コーティング、架橋剤、粘性調整剤、難燃剤、医療用・宇宙航空用高分子、電子材料向けパッケージやコーティング用途、エラストマー、複合樹脂、光学プラスチック、アブレーション材料など。
POSS is a trademark of Hybrid Plastics, Inc.
シルセスキオキサン製品の種類
【Fully Condensed POSS Frameworks(R'=RもしくはR'≠R)】 製品リスト
8つの非反応性有機官能基で囲まれたPOSSは、ベースポリマーの性質を変えることなく50 wt%まで添加することが可能で、その物性(粘性、光学的透明度、機械強度、Tgなど)を強化したり、シリカのようにフィラーの役目をしてポリマーを軽量化することも出来ます。その他に、例えば1つの反応性官能基と7つの非反応性の官能基を持つPOSSは、効果的なクロスリンカーとして役立ちます。
【POSS Silanols (Incompletely Condensed POSS Frameworks: R'=R)】 製品リスト
POSSシラノールは1~4つのシラノール基(Si-OH)を持つ無機-有機ハイブリッド立体不完全縮合骨格を持ちます。POSSシラノールはとても安定で、分解せずに融解します。In situで生成したその他の多くのシラノール化合物とは異なり、POSSシラノールは脱水縮合にも安定です。その一方で、POSSシラノール中のSi-OH基は反応性が高く、図4のようにトリシラノールPOSSがRMX3型(R = アルキル、アルケニル、アリル基、水素 M = Si、Ge、Sn X = ハロゲン、アルコキシド)の14種類の化合物と反応し、バラエティーに富んだモノマー性のT8型シルセスキオキサンが生成することが報告されています14,15。以下にPOSSシラノールの特徴を挙げます。
- エポキシ化やポリマー化反応などにおいて金属触媒の溶解を助ける。
- 金属・ガラスの表面と反応して疎水性に変化させて耐腐食性を高める。
- 従来の無機フィラーと反応して疎水性に変化させてポリマーへブレンドしやすくする。
- ポリマーと親和性が高く共重合やグラフト化しやすい。

図4 POSSシラノールの反応例
【POSS Polymers and Nanoreinforced Resin】 製品リスト
POSS Polymers
POSSモノマーを重合化、あるいはグラフトさせることで、無機-有機ハイブリッドホモポリマーおよび共重合体を作ることが出来ます24,36-38。図5のように、側鎖のPOSSケージが線形ポリマーのサイズに近いため、POSSが分子レベルでポリマー鎖の運動をコントロールすることができます。したがって、ベースとなる樹脂の加工性および機械的性質が保たれたまま、物理的性質を強化することが出来ます24,35,36,37。これら共重合体は一般的にTHFとトルエンに可溶です。この溶液を用いて、ファイバー、発泡体、フィルムへ処理することができます。
POSS Nanoreinforced Resin
従来のポリマーの代替品として、またはブレンドとしてベースレジンの強化に使用されます。非反応性の側鎖に囲まれた完全縮合型シルセスキオキサンは、無機的なSi-Oコアと有機的な母体とを化学的に融合することができます。したがって、POSSは従来のプラスチックと分子レベルの分散のナノコンポジットを作ることが可能です39。図6はポリプロピレンに分子レベルでPOSSを溶解させた時の画像で、黒い各ドットが1.5 nmのPOSS化合物に、白地の背景部分はポリプロピレンに相当します。このようなナノレベルで補強されたポリマーは、その加工性と同様に材料の他の物理的性質(光学的透明度、機械特性など)も同時に保持・改善する一方で、著しい熱機械的性質の改善がみられます。ガス浸透性のような他の性質の改善も実現されるかもしれません。

図5 POSSポリマーの模式図

図6 ポリプロピレンに分散させたPOSSの電子顕微鏡写真
【POSS Precursors and Intermediates】 製品リスト
図2や図7に示すようにPOSS骨格は3官能性有機ケイ素モノマーか、あるいはPOSSシラノールから合成されます。アルドリッチではPOSS前駆体となるモノマー(Bridged Monomers、POSS Intermediates、RSi(OR")3、RSiCl3)を多数取り揃えております。

図7 シルセスキオキサンの合成法 -2-
前述のように、RSiX3モノマー(R=ハロゲン、アルコキシ)は特定のゾルーゲル条件でオリゴマー化して多面体オリゴシルセスキオキサンまたは可溶性のランダムにつながった多環ケージを生成します39。一方、トリアルコキシシリルグループを2つ以上持つ有機フラグメントを含んだ分子ビルディングブロックがゾルーゲル重合することで、架橋型ポリシルセスキオキサンを合成することが出来ます(図8)8,9。

図8 架橋型シルセスキオキサンモノマーの反応
例えば、製品番号 447250(図8)のような架橋型シルセスキオキサンモノマー(Bridged Monomers)から出来るネットワークポリマーが、多孔性キセロゲル、アエロゲルになるか、あるいは非多孔性ポリマーになるかは、スペーサーがアリレングループなのかフレキシブルなアルキレングループなのかによって決定されます。具体的な例としては、有機色素を含んだモノリシックゲルが導波管・非線形光学(NLO:nonlinear optical)材料・レーザーへ応用されています40。これらの材料中の色素機能性は相分離や凝縮、溶出することなく架橋体中に組み込まれます。その他には、メソポーラスポリシルセスキオキサンの合成に「the surfactant template approach10」が使われ、結晶性の六角形ロッド、球体、18面体が報告されています11,41。こういった周期性メソポーラスシルセスキオキサン複合材料には光学フィルター、分離膜、金属イオン吸着剤といったアプリケーションが考えられています42。
<Q & A>43
POSSの形状は?
大部分のPOSSは白色粉末で、いくつかのPOSSは無色の液体です。注意しなくてはならないのは、粉末は「ナノ粉末」ではなく、一般的には凝集して1-100ミクロンサイズです。ナノスケールのPOSSはプラスチックやゴム、コーティング剤に一度分散させなければ得られません。添加剤と同じく、優れた性能を得るためには適切に分散させることが重要になります。
POSSの添加量について
一般的な最適添加量はありません。表面処理にはppmかサブ1%レベル程度で十分な場合もありますし、他の用途では50 wt%以上の場合もあります。ただ傾向としては、POSSは1-10 wt%の範囲で使用されることが多いと思われます。熱硬化性樹脂やエラストマー、コーティング剤の場合、10-80 wt%、熱可塑性プラスチックでは0.5-10 wt%、分散剤としては1-5 wt%が一般的です。
どのように分散させるのでしょうか?
POSSとマトリックス材との間に適当な親和性があれば、実際には溶かすことができます。たとえば、多くのPOSSはTHFやアセトン、メタノールなどの一般的な溶媒に溶解します。同じように、極性が一致すれば、POSSは分子レベルでポリマーやコーティング剤に溶解します(図6参照)。適切な溶解性は「the Polymer Handbook」や「Properties of Polymers」に記載されているSolubility Parameter conceptを用いて確認できます。POSSは溶解して1-2 nmになり、可視光を散乱させることがないため、物質は透明性を保ちます。
POSSとマトリックス材との極性が最適であれば、ポリマーやコーティング剤中にドメインを形成します。ほぼ混ざった混合物ではドメインはナノスケールとなりますが、混合度合いが低い場合はマイクロスケールとなり、さらに溶解させるにはより混合エネルギーが必要となります。通常、POSSは高速ミキサー(コーティング剤や熱硬化性樹脂の場合)や2軸押し出し機(熱可塑性プラスチックの場合)で分散させます。
さらに詳しい情報はHybrid Plastics, Inc.でご覧いただけます。
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