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ホーム高分子合成 (ポリマー合成)キラル液晶反応場での不斉重合

キラル液晶反応場での不斉重合

Kazuo Akagi

Department of Polymer Chemistry, Kyoto University

はじめに

ポリアセチレン(PA:polyacetylene)は一次元共役系化合物であり、代表的な導電性高分子です1。PAの導電率は半導体領域ですが、ケミカルドーピングによりその導電率は14桁以上向上します2,3。これまでに報告された最大の導電率は105 S/cm以上と、銅や金の導電率にオーダー的に匹敵します4。PAはsp2混成炭素からなり主鎖上の強いπ共役のために、シス型およびトランス型の異性体の違いによらず平面構造をとります。しかしながら、もしこの平面構造から一方向に僅かでもねじれたらせん構造5,6をとることができれば、新規の電磁気的特性や二次の非線形光学的性質の発現が期待できます7,8。本稿では、コレステリック液晶をも包含するキラルネマチック液晶(N*-LC)を用いた不斉反応場でのアセチレン重合を述べ、これにより、一次構造から高次構造まで超階層的スパイラル形態を有するヘリカルポリアセチレン(H-PA)が合成できることを示します6,9-14

キラルドーパントとキラルネマチック液晶(N*-LC)

不斉液晶反応場として用いるN*-LCは、ネマチック液晶(N-LC)に少量のキラル化合物をキラルドーパントして添加することで調製します(図1)。N*-LCの形成は、偏光顕微鏡(POM:polarized optical microscope)下において、ネマチック相に特徴的なシュリーレン光学模様が、筋付きシュリーレン模様あるいは指紋状模様に変わることで確認できます。光学模様の筋と筋との間隔は、N*-LCのヘリカルピッチの半分に相当します。そのため、N*-LCのねじれが強くなればなるだけ、POMで観察される光学模様のヘリカルピッチは短くなります。 

誘起キラルネマチック液晶の構造と偏光顕微鏡画像

図1ネマチック液晶(N-LC)にキラルドーパントを添加して調製した誘起キラルネマチック液晶(N*-LC)。N-LCおよびN*-LCの偏光顕微鏡下で観察したシュリーレン組織()および指紋状組織()。

N*-LCのヘリカルピッチを調節するには二通りあります。ひとつは、キラルドーパントの濃度を変える、もうひとつはキラルドーパントの捻れ力を変える方法です。前者において、N*-LCの液晶温度範囲は、キラルドーパントの濃度によって影響を受けることを考慮する必要があります。すなわち、キラルドーパントの濃度が増大すれば液晶温度範囲は狭くなり、濃度がある臨界値になると液晶相そのものが壊れます。そのため、後者の手法である、種々の捻れ力をもつキラル化合物を用いることを考えます。軸不斉キラルビナフチル誘導体は、不斉中心型キラル化合物に比べてより大きな捻れ力をもつことが分かっています15,16。ここでは、光学活性な(R)-(+)および(S)-(-)1,1’-ビ-2-ナフトールとフェニルシクロヘキシル(PCH)誘導体をウイリアムソンエーテル化反応により結合し、ビナフチル環の2,2’位にPCH液晶基を導入したキラルビナフチル誘導体、(R)-および(S)-PCH506-Binolを合成しました(図2)。なお、PCH506の5はn-ペンチル基、0はエーテル酸素、6はヘキサメチレン鎖を示します。

軸不斉キラルビナフチル誘導体を用いたアセチレン重合用の不斉反応場

図2軸不斉キラルビナフチル誘導体[(R)-or(S)-2,2’-PCH506-Binol]を含むN*-LCにチグラー・ナッタ触媒であるTi(O-n-Bu)4-AlEt3を溶解させて、アセチレン重合用の不斉反応場を構築します。

二成分ネマチック液晶混合物(PCH302:4-(trans-4-n-propylcyclohexyl)ethoxybenzene、PCH304:4-(trans-4-n-propylcyclohexyl)butoxybenzene)に少量のキラル化合物(R)- or (S)-PCH506-Binol、5~14重量%)を加えてN*-LCを調製しました。ビナフチル環に導入した液晶基PCH506は、母液晶のネマチック液晶とキラルドーパントしてのビナフチル誘導体との相溶性を確保する上で必須です。一方、フレキシブル部位であるメチレン鎖の短いPCH503や、通常のノルマルアルキル基を導入したビナフチル誘導体では、母液晶との相溶性が低く、N*-LCは誘起されません(図1)。

不斉液晶場でのアセチレン重合

PCH302およびPCH304はともに液晶性を示しますが、その液晶温度は1~2℃と非常に狭い範囲です。このことは、アセチレン重合の液晶溶媒としては好ましくありません。なぜなら、アセチレン重合は発熱反応であり、重合時にシュレンク内の温度は上昇し、容易に液晶相は壊れ、等方相へと転移します。そこで、PCH302とPCH304を等モル混合したネマチック混合液晶を調製しました。この混合液晶では、ネマチック相と等方相との転移温度(TN-I)は上昇し、一方、結晶相と液晶相との転移温度(TC-N)は降下し、結果として液晶温度範囲は20~35℃と拡大しました。次に、この混合液晶系に重合触媒であるTi(O-n-Bu)4-AlEt3を加えた時のTN-Iの変化を示差走査熱量計(DSC)で調べました。過冷却の効果も考慮すると、触媒を含むキラルネマチック液晶は、5~25℃の温度範囲を必要とするアセチレンの室温重合にとって適しているといえます。

図2に、ネマチック液晶、キラルドーパントおよび触媒からなる不斉液晶場を示します。Ti(O-n-Bu)4の濃度は15 mmol/L,[Et3Al]/[Ti(O-n-Bu)4] = 4.0です。触媒溶液は、室温で30分間の熟成を行います。熟成の間、N*-LCの光学模様には変化はなく、僅かに転移温度が2~5℃低下するのみです。すなわち、TC-Nは16~17℃、TN-Iは30~31℃です。また、過冷却効果のため、触媒溶液は-7℃においても固化することはありませんでした。また、キラルビナフチル誘導体は触媒に対して化学的にも安定であることが分かりました。これにより、本液晶系はアセチレン重合の不斉溶媒として使用できることが確認されました。重合に際して、アセチレンガスは高純度(99.9999%)のものを使用しました。重合温度はN*-LC相を維持するために17~18℃に保ちました。具体的には、重合用シュレンクフラスコを外径の大きい別のフラスコの中に入れ、このフラスコの中空部分に冷却したエタノールを循環させることでシュレンクフラスコの温度を一定に保ちました。アセチレンの初圧は11.6~22.6 Torr、重合時間は10~43分としました。重合後、PAフィルムをシュレンクフラスコの内壁から注意深く剥がし、室温・アルゴン雰囲気下で数回トルエンにて洗浄しました。PAフィルムをテフロンシート上に移し、真空乾燥後、-20℃でフリーザーにて保存しました。

ヘリカルポリアセチレン(H-PA)フィルム

走査電子顕微鏡(SEM:scanning electron microscope)によりH-PAフィルムの表面を観察しました。ポリドメイン状のスパイラル形態が形成されており(図3-a)、各ドメインはヘリカル構造のフィブイルの束からできており、そのフィブリルは一方向に捻れているのが分かります(図3-b)。こうしたH-PAの形態は、界面重合においてN*-LCのスパイラル状光学模様を写し取っているかのように見えます。

ヘリカルポリアセチレン(H-PA)の階層的スパイラル形態およびフィブリル束

図3ヘリカルポリアセチレン(H-PA)の階層的スパイラル形態。ポリドメイン状のスパイラル形態(a)およびドメイン内の右巻きフィブリル束(b、挿入図)の走査電子顕微鏡写真。

SEM写真をさらに詳しく観察すると、(R)-および(S)-N*-LCで合成したH-PAのフィブリルとそのフィブリルの束は、それぞれ左巻きおよび右巻きに捻れていることが分かります。このことは、H-PAの捻れの巻き方向は、キラルドーパントにより誘起されたN*-LCを使用する限り、キラルドーパンのヘリシティにより制御できることを意味しています。N*-LCのヘリカルピッチは、キラルドーパントの濃度や光学純度とともに、捻れ力に依存します。すなわち、H-PAのヘリカルピッチは、キラルドーパントの捻れ力を変化させることで調整できます。興味深いことに、図3で示した階層的高次構造は、脂質などの生物内有機化合物のらせん状自己組織構造と酷似していますが、その一方で合成ポリマーではほとんど例がありません。その意味でも、N*-LCは、合成ポリマーのらせん状高次構造制御にとって、テンプレート重合用媒体として有用であり、また汎用性を有していると示唆されます。ビナフチル環の2,2’位にエチル基、6,6’位にPCH506基を導入した四置換型ビナフチル誘導体14,15は、二置換型ビナフチル誘導体より、0.3 μmより短いヘリカルピッチのN*-LCを与えます。そのため、四置換型ビナフチル誘導体をキラルドーパントとするN*-LCで合成したH-PAは、より捻れの強いスパイラル形態となります(図4)。ここで、注目すべきことは、ねじれ方向が既知の標準液晶との相溶性試験から、(R)-および(S)-N*-LCはそれぞれ右巻きおよび左巻きの液晶であることが分かります。しかし、これを不斉反応場として合成したH-PAのフィブリルの束は、それぞれ左巻きおよび右巻きとなります。すなわち、生成物であるH-PAのらせんの巻き方向は、反応場のそれとは逆となります。この結果は、二置換ビナフチル誘導体からなるN*-LCを用いた場合でも同様です。

N*-LCを用いて合成したH-PAの走査電子顕微鏡写真

図4四置換体キラルビナフチル誘導体[(R)-6,6’-PCH506-2,2’-Et-Binol]を含むN*-LCを用いて合成したH-PAの走査電子顕微鏡写真。H-PAの左巻きおよび右巻きの方向は、それぞれキラルドーパントのR配置およびS配置のキラリティーによって決定されます。

(R)-および(S)-N*-LCで合成したH-PAについて、円偏光二色性(CD:circular dichroism)スペクトルを測定すると、PA鎖のπ-π*遷移に対応する450~800 nmの吸収領域に、それぞれ正および負のコットン効果が観測されます。これは、PA鎖そのものが一方向にねじれていることを示唆しています。なお、このコットン効果はキラルドーパントであるビナフチル誘導体のそれではないことは明らかです。なぜなら、ビナフチル誘導体は240~340 nmの短波長側にコットン効果を示すのみで、上記のPA主鎖の吸収領域とは異なるためです。これらの結果から、(R)-および(S)-N*-LCの不斉反応場ではそれぞれ左巻き(反時計回り)および右巻き(時計回り)のH-PAが形成される、また、捻れたPA鎖はファンデルワールス相互作用によって自己集合化し、らせん状フィブリルを形成する、さらに、らせん状フィブリルは束となって、さまざまな大きさのドメイン(ポリドメイン)からなるスパイラル形態を形成することが明らかになりました(図5)。

H-PAの一次構造から高次構造までの階層的らせん構造。

図5H-PAの一次構造から高次構造までの階層的らせん構造。

H-PAフィルムは90%のトランス構造を有し、またヨウ素ドーピングにより、室温で1.5~1.8 x 103 S/cmと、金属のそれと同じオーダーの高導電性を示しました。ヨウ素ドープしたH-PAは、未ドープのH-PAに比べて僅かに短波長にシフトしますが、同じ符合のコットン効果を示します。このことはH-PAのらせん構造は、ドーピング後においても保持されることを示しています。さらに、CDスペクトルおよびX線回折の測定により、らせん構造は、シス体からトランス体への異性化温度である150℃以上に加熱しても保持されることが確認されました。PAの最も安定な構造は平面構造です。しかしながら、PAは不溶・不融であるため、重合時に形成したらせん構造はトルエンなどによる洗浄や、異性化温度以下での加熱に対しても安定です。換言すれば、PAは不溶・不融性であるため、準安定構造であるらせん構造を維持することが可能であるといえます17。最後に付言すべきことは、本重合法により、側鎖にキラル置換基を持たない芳香族系あるいは複素環共役系ポリマーに対してもらせん構造を付与することが可能となる点です。事実、近年、ポリチオフェン誘導体、ポリエチレンジオキシチオフェン誘導体、フェニレン-チオフェン共重合体など、さまざまならせん状共役系高分子がN*-LCを用いた化学重合あるいは電気化学重合により合成されています18-20

結論

超階層性らせん構造を有するヘリカルポリアセチレン(H-PA)に焦点を当てながら、N*-LCを不斉液晶反応場とする新しい重合技術について、最近の進展を概説しました14。(R)-および(S)-軸不斉ビナフチル誘導体を合成して、これをN-LCにキラルドーパントとして添加し、N*-LCを調製しました。このN*-LCとチグラー・ナッタ触媒からなる不斉反応場を構築し、ここでアセチレンの界面重合を行いました。合成したPAフイルムは、PA鎖、フィブリルおよびフィブリルの束、さらに形態において階層的らせん構造を形成しており、その巻き方向はキラルドーパントのキラリティーを選択することで精密に制御できました。また、H-PAのフィブリルとフィブリル束のねじれの向きは、反応場のN*-LCのそれとは逆向きであることを見出しました。不斉溶媒としてN*-LCを用いることで、一次構造から高次構造まで階層的らせん構造をもつポリマーを合成できることが明らかになりました。

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